電撃文庫を立ち上げた佐藤辰男が若き出版人に伝えたいこと「好きなものがあるのだったら、極めるために起業してみるのも良い」

佐藤辰男『怠惰な俺が謎のJCと出会って副業を株式上場させちゃった話』(KADOKAWA)

 ゲーム雑誌「コンプティーク」の名物編集長として知られ、メディアワークスではライトノベルの「電撃文庫」や「月刊コミック電撃大王」といった電撃ブランドを創設した佐藤辰男氏。その後、KADOKAWAの前身であるKADOKAWA・DWANGOの社長や会長を歴任し、現在はコーエーテクモホールディングスの社外取締役を務めるエンターテインメント界の重鎮が、12月21日にKADOKAWAから『怠惰な俺が謎のJCと出会って副業を株式上場させちゃった話』を刊行し、70歳にして小説家デビューを飾る。青山隆文という名の青年が、IT企業に勤める傍らで小説投稿・閲覧サイトを副業で始めたところに、五虎退(ごこたい)ちゃんという謎の女子中学生が現れ、アクセスが落ちて瀕死のサイトを建て直し、事業を会社化した上にIPO(株式上場)までさせてしまうという青春起業ストーリーだ。狙いは先行きの不透明感に悩む若い世代への声援か。変化に揉まれる出版界への激励か。著者の佐藤辰男氏に聞いた。(タニグチリウイチ)

第二の人生が始まるかもしれない

――今回書かれた『怠惰な俺が謎のJCと出会って副業を株式上場させちゃった話』は、佐藤辰男さんにとって70歳での小説デビュー作、それもライトノベルと言えそうな装丁での刊行となります。この歳でなぜ小説を書こうと思われたのですか。

佐藤辰男(以下、佐藤):この年齢になって振り返れば、ぼくには中途半端に投げ出したまま、成し遂げていないことがいっぱいあると気づいたんです。第二の人生のときを迎え、さてどうしようかと。幸い、コーエーテクモホールディングスから社外取締役を仰せつかって、それはそれで光栄でしたが、さらに、生涯を通して働けるものがないかと考えた時に、小説が浮かんだんです。

――それでも、小説はなかなかの挑戦です。書くことにためらいは生じなかったのですか。

佐藤辰男『KADOKAWAのメディアミックス全史 サブカルチャーの創造と発展』(KADOKAWA)

佐藤:この本は、小説としては初めてですが僕の著書としては2冊目なんです。2021年10月にKADOKAWAの社史となる『KADOKAWAのメディアミックス全史 サブカルチャーの創造と発展』を出しました。社史という性格上、最初は関係者向けの配布に留まっていたのですが、SNSで話題になってBOOK WALKERで期間限定配信されて好評を戴きました。この執筆作業が楽しかったんです。国会図書館に通って1980年代からの出版月報に当たって、文庫や漫画、雑誌などの市場の変化を丹念に洗い出し、テーマ別の章立てをしてKADOKAWAの歴史を重ね合わせて書いていくうちに、編集者であって書き手ではなかった自分でも、本が書けるんだという自信が生まれました。その中で、自分にはかつて小説を書きたいという思いがあって、30枚とか70枚といった小説の切れ端を書いていたことを思い出したんです。

―――それで改めて筆を執られた訳ですね。周囲の反応はいかがでしたか。

佐藤:小説を書くことを仕事にできたら良いなと思って、三木君(ストレートエッジ代表の三木一馬氏。メディアワークス時代に佐藤氏の下で「電撃文庫」の編集を務め、『とある魔術の禁書目録』『ソードアート・オンライン』など大ヒットライトノベルを送り出した)に相談したら、思っていた以上に彼が真面目に対応してくれたんです。せっかくだから、イラストはいとうのいぢさん(「涼宮ハルヒの憂鬱」シリーズや『灼眼のシャナ』のイラストレーター)にお願いしたいと言ったら、それも描いてもらえることになりました。KADOKAWAの然るべき人に原稿を読んでもらったら担当編集者に、旧知の工藤裕一君を付けてくれて、第二の人生が始まるかもしれないという流れが出来ました。

――順風満帆といった感じですが、書き上げるまでに苦労はあったのですか。

佐藤:書くという行為において、編集者は重要な役割を果たしているのだと改めて分かりましたね。例えば、作中の主人公たちに小説投稿サイトの改善や会社設立、IPOを提案するごこたい(五虎退)ちゃんという中学生の女の子が登場するんですが、最初は真面目な女子高生だったんですよ。それで100枚くらい書いて三木君に読んでもらったら、IPOまでに10年かかるという設定で女子高生では、10年後には中堅社会人の年齢になってしまう、もっと遡って中学生くらいにしたらどうだとアドバイスされました。中学生は無理があるだろうと思ったんですが、やってみると後からいろいろな理屈がくっついて、物語を厚くする設定面でのアイデアが生まれてきました。さすがは編集者だと思いました。

――佐藤さん自身も「コンプティーク」の編集長などを務めた名物編集者だった訳ですが、小説は勝手が違いましたか。

佐藤:雑誌の編集はやって来たけれど、小説の編集はあまりやっていなかったので新鮮でした。ただ、電撃小説大賞の選考委員だけはこだわってやっていましたね。現場の人たちには迷惑だったかもしれないけれど、僕自身はとても楽しかった。賞から新しい作家が生まれて育っていくのに立ち会えるということには、編集者としての醍醐味がありました。その審査でこだわっていたことが、もしかしたら役立ったかもしれません。

――どのようなことですか。

佐藤:自分が推す作品は、ライトノベルの賞だったということもありますが、本質的にキャラクターが立っていて生き生きしていることが重要でした。加えて、今の時代ならではの共感を得られるようなキャラクターであることも規準にありました。そういったところに焦点を当てて読んで行った経験から、キャラクターを立てるということの重要性が心に備わっていったのかもしれません。

――ごこたいちゃんに限らず、小説投稿サイトを立ち上げる青山、江川、大沢といった面々や、買収した出版社から移ってくるおっさん、支援してくれる方までそれぞれにしっかりとした個性があり、背景も持っていて誰かしら自分と重なるようなところがあるキャラクターばかりでした。

佐藤:そう感じてもらえると嬉しいですね。キャラクターについては、三木君やKADOKAWAで担当してくれた工藤裕一君が指導してくれたところもありました。作家のかたがよく、キャラクターが勝手に動き出すと言うことを言いますよね。自分では半信半疑だったんですが、実際に書いてみると本当に動き出すんですよ。自分自身がキャラクターに対して思い入れがあると、そのキャラクターが動いていってくれるんです。そのまま先に行ってしまって、後になって戻って伏線を付け加えるといった立体的な書き方ができました。

――キャラクターとしては、主人公が会社を立ち上げる青山で、パートナーとして江川がいて、経営のことが分かる大沢といったメンバーが並びます。この中の誰かに自分を投影したような書き方はしたのですか。

佐藤:最初に出て来たのが触媒となるごこたいちゃんで、その対となる青山が出て来ました。その2人を軸に、友達と起業するということなら江川は必要になってきます。そして、青山と江川はボケ役なのでツッコミ役を演じるキャラクターとして大沢を入れました。その中で自分が反映されたキャラクターというと……やっぱり主人公の青山君ですかね。彼は中途半端な志はありながら、最後までものが作れたためしがないというところが自分と似ています。そんな彼だけれど、今という時代だったからこそIPOまで行けたのだと思います。自分は1980年代のPCゲームやファミコンだとかが出て来た時代に編集者となって、それらの爆発的な成長の中で自分も成長できた、という思いがあります。2010年代なら2010年代の流れがある。SNSやVRを材料にした起業や上場が描けたと思います。

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