エルヴィス・プレスリーに魂を奪われた男、大いに語る「日本はエルヴィス後進国。元祖ロックTのことも知られていない」
──なぜ、エルヴィスは日本で正当に評価されていないのでしょう。
船橋:エルヴィスが頂点だった1954-56年の姿をリアルタイムで体験した日本人が少なかったことが大きいでしょうね。戦後10年足らずの日本ではテレビも普及しておらず、レコードプレイヤーの値段は平均月給2ヵ月分と高額だった時代。レコードもそこまでプレスされてないんです。あとは、ビートルズと違って来日しなかったのも広まらなかった一因ですね。70年代に来日の話もあったようですが、マネージャーのパーカー大佐がそれを潰しちゃうわけです。
──計画はあったんですね。70年代に来日していたら、状況は変わっていましたか。
船橋:う~ん、どうでしょう。60~70年代はビートルズ、ローリング・ストーンズ、ドアーズ、レッド・ツェペリン……数々のロックスターが台頭してエルヴィスは時代遅れのように思われていました。何より、70年代のエルヴィスはアクが強すぎた! 来日したらどういう結果になったのか……未知数な部分はありますね。
──もしかしたら、散々たる結果が待っていたかも……?
船橋:やっぱり無条件にカッコ良いと思えるのは、50年代のエルヴィス。逆に言えば、50年代のエルヴィスを知ってしまえば、70年代エルヴィスの本当のカッコ良さだって見えてきます。ファーストインプレッションって大事ですから。
エルヴィスはレベルアーティスト
──若い世代に、本当のエルヴィスの魅力を知ってほしいですね。
船橋:そう思います。エルヴィスはキャリアが長いしアルバムの量も多い。しかも立ち位置がモーツアルト、バッハみたいな歴史上の人物でしょ。でも実は、今聴いても本当にカッコ良いロックな人。何なら、レベルアーティスト(反逆児)でもある。これは私が言っているだけじゃなく、むしろ日本以外の世界が認めていること。もちろん今のバンドが悪いとは思いませんが、ルーツを知らないと今の音楽の意味も半分わかってないに等しいと思うし、本当にカッコ良いものを知らないのは勿体ないかなって気がします。
──エルヴィスの音楽の魅力とは?
船橋:白人が黒人のように歌うリズム感。今は色々な音楽が出回っているのでエルヴィスの初期の音源を聴いても、それが伝わりにくいところは正直あります。音圧の問題もあるし、ドラムなしで曲を作っているので。「キング・オブ・ロックンロールだからヘヴィな音か思いきや、割とシャラシャラじゃん!」と感じるかもしれません。でもそこにエルヴィスが生み出したロックンロール創成期の神髄が詰まっているわけで、そのシンプルさをわかってもらえると嬉しいですね。
──デビュー当時のエルヴィスは、アメリカですぐに受け入れられたんですか。
船橋:若者からは絶大な支持を得られましたが、実は世の中からは大きな反発をくらったんです。当時のアメリカは人種差別が激しく、白人が黒人っぽく歌って公のテレビに出るってことが信じられないとされていた時代。エルヴィスは育ったエリアが貧しかったからという境遇もありますが、黒人対して偏見を持っていなかったし、良いものは良いと思える新世代でした。だけど、テレビに出演して歌ったところ、社会問題になってしまった」
──具体的に、どんな反発があったのでしょうか。
「州単位でエルヴィス禁止の条例ができました。現代で例えるなら、「エルヴィスの音楽を神奈川県でエルヴィスを聴くことを禁止する! 聴いたら逮捕!」みたいなことが起こっていて。エルヴィスはそこまで思想を持って音楽をやったわけじゃなかったんですけどね。でも結果的に彼は、肌の色関係なく好きな歌を、メッセージを持って歌おうよ、という今では当たり前になっている音楽の基盤を作ったわけです。
──エルヴィスビギナーはどの曲、どのアルバムから入ったらよいでしょう。
船橋:やはり1954-56年のエルヴィスの音源を中心に聴いてほしいです。シングルでいえばSUNレコード時代の5枚のシングル。アルバムならファースト『Elvis Presley』、セカンド『Elvis』は必聴。「ローリングストーン誌が選ぶ“歴代最高のアルバム”500選」でエルヴィスのファーストとセカンドアルバムが選ばれているんですけど、その評論が大好きなんです。「ロックンロールが何たるかを語るには、このファースト、セカンドを聞けばこと足りる」。まったくその通りだと思いますね。
ニューヨークのストリートファッションの影響も
──ところで、船橋さんはエルヴィスのファッションのコレクターでもあるんですよね。エルヴィス流の着こなしの魅力を教えてください。
船橋:50年代のエルヴィスのステージはジャケットやスラックスが多いですが、プライベートでは結構カジュアルなものを着ているんです。エルヴィスの洋服を選ぶ基準って、黒人アーティストの着こなしが軸としてある一方、ニューヨークのストリートファッションを特集した雑誌を読んで取り入れたりしていて、若者らしい一面もあります。キング・オブ・ロックンロールらしく全部仕立てで誂えているかと思いきや、デパートブランドや吊るしの服をたくさん買っていて、そんな身近なところも魅力のひとつです。
──象徴的なファッションアイテムはありますか。
船橋:例えばナッソージャケット。ピークドラペルのカッチリしたテーラードとは違って、ナッソージャケットはリゾートを意識してシャツジャケット的につくられたカジュアルなもの。それを避暑地ではなく、普段のファッションに取り入れたのがエルヴィスで、やがて50年代のロックンロールファッションの基本になっていきます。
──ナッソージャケット……初めて知りました。
船橋:50年代のエルヴィスは色々な格好をしていました。ハーレーやキャデラックも乗っていて、バイクに跨るときは革シャンも着ています。ただ唯一、デニムはほとんど着用していないんです。恐らく貧しい環境に育っているので、ワークウエアに抵抗があったのではないかと思います。主演映画「Loving You」の衣装として、リーバイスの507XXデニムジャケットと501XXのジーンズをセットアップに、足元はペコスブーツを履いている写真が残されていますが、それはそれでかなりカッコ良い。だから、普段からデニムを穿けばよかったのになって。
エルヴィスを真似して歌ったり踊ったりはしない。ただ好きすぎるだけ!
──エルヴィスのカッコ良さを知ることのできる作品を教えてください。
船橋:まず、1956年に焦点をあてたエルヴィスのドキュメンタリーフィルム「Elvis '56」。これはエルヴィスの魅力をわかりやすく知ることができます。あとはアルフレッド・ワートハイマーが撮り下ろした21歳のエルヴィスの写真集「Elvis at 21」。そして、映画「Elvis」のDVDも自信をもってオススメできます。もちろん、拙書「1954-56年のエルヴィス~」も! 映画「Elvis」のサブテキストとして読んでも面白いかと思います。
──映画「Elvis」を10倍楽しむための一冊だ、と。
船橋:映画ってだいたい約3時間以内に収めなくちゃいけないでしょ。だから、何気なく流れていくシーンに隠された重要なエピソードの説明まではされていないんです。そこで何が起こっていたのかは「1954-56年のエルヴィス~」を読めばすべて書かれています。監督のバズ・ラーマンは小物や背景にもこだわる方で、細かいところまで衣装を用意しています。例えば、50年代のエルヴィスはロードエルジンの時計を愛用していましたが、その辺も本物を用意していました。では、ロードエルジンとは何か、なぜエルヴィスが着けていたのかってことも本で触れています。
──映画と「1954-56年のエルヴィス~」はセットでチェックしたほうがよさそうですね。
船橋:余談ですが、映画「Elvis」の劇中で私のブランド「706union」が作ったフロリダシャツが使われているんです。2年前にワーナーブラザーズオーストラリアから洋服の大量の発注が来まして。そのときは用途を教えてくれなかったんですけど、映画の予告編を観たら、「これ、ウチのシャツじゃん!」と。ただ、使ったよという報告はないんですよね(苦笑)。
──それはちょっと悲しい(笑)! 船橋さんは、エルヴィスの魅力を伝える伝道師ですね。
船橋:若い子たちにエルヴィスの魅力を伝えることは、エルヴィス専門店にいたときからずっと考えてきたテーマでした。でも色々とやってみてわかったのは、変に媚びるのは一番カッコ悪いなって。私はエルヴィス狂でいい。やりたいことをやってその暑苦しさに若い子たちが面白がってくれたら、それが一番自然の流れだと最近は思っています。
──船橋さんは、エルヴィス愛がすごいですからね。
船橋:よく聞かれるんです。「船橋さんはエルヴィスが好きですけど、歌ったり踊ったり、演奏したりするんですか?」と。私は歌いませんし、踊りません。ギターだって弾けません(笑)。ただエルヴィスが好きで、エルヴィスが着ていたものと同じ服を着ているだけ。なぜなら、エルヴィスが好きすぎて! と答えます。でも今回、「1954-56年のエルヴィス~」を上梓したことで、物書きもしています、とようやく言えるようになりました(笑)」