高野ひと深『ジーンブライド』「社会と向き合ってみようと思えた日に、ふと思い出してもらえるようなマンガを描き続けたい」

 2021年7月から「FEEL YOUNG」(祥伝社)にて連載を続け、昨年末に単行本1巻、今年8月に2巻を発表し、注目を集める『ジーンブライド』。『私の少年』(講談社)で多数のマンガ賞に選出された、高野ひと深による意欲的な作品だ。この度、リアルサウンドではインタビューを敢行。本作を描くことに決めた理由や、読者の想像を爽快に裏切ったSF展開、また影響を受けた作品、さらに気になる3巻以降についてなど、じっくり語ってもらった。

「ずっと傷ついてきたんだ」ということに気がついた


――『ジーンブライド』2巻にも収録された対談で、マンガ家のヤマシタトモコさんが〈フェミニズムが表出したものを描くのは、決して簡単なことではない〉とおっしゃっていましたが、本作を読んでいると1コマ1コマから、高野さんの覚悟を感じますし、本当に勇気のいることだったと思います。発端は、2018年ごろに読んだ『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』(河出書房新社)という本だったんですよね。

高野:そうですね。この本の全文が心地よく入ってきたので、どの箇所が響いたかと言われると難しいのですが、著者であるアディーチェが駐車場係の男性にチップを渡したところ、アディーチェではなく、彼女と一緒にいた男性に向かって「サンキュー、サー!」とお礼を言った……という部分を読んで、今まで脳の片隅に追いやっていた記憶がブワーッと蘇ってくる感覚がまず始めにあったのを覚えています。たとえば、借主は私なのに、不動産屋さんは私の夫にしか話を振らないな、とか、知人が保育園の面接に行った時に、面接官は夫の職業しか聞かなかったと話していたな、とか。

――実は同じ2018年に、別の媒体で高野さんに取材させていただいた時、タクシー運転手にナメられやすいという話で盛り上がったのが、とても印象的だったんです。なので、今作が刊行された時は、「ついに描くことにしたのだな」と、感慨深く思いました。

高野:その時から、そんな話を……!(笑)そうなんですよね。そういう小さな積み重ねによって、ずっと傷ついてきたんだということに、気がついたんです。私はアディーチェのように、駐車場係にチップをあげる体験はしたことがないけれど、どうして私がここに存在しないことになっているのだろう? と疑問に思った場面はいくつもある。タイムリープしてあの時に戻って一言声を発したい……「私の話も聞いてください」って……! と、読み始めて早々にショックを受けたのですが、同時に、フェミニズムを知ることで、これからの私には、タイムリープは必要なくなるのかもしれない、と高揚もしました。

――他に、フェミニズムに関連する本はどんなものを読まれたのですか?

高野:2巻を執筆中に、キャロライン・クリアド=ペレスさんの『存在しない女たち』や、松田青子さんの『自分で名付ける』、伊藤詩織さんの『Black Box』を読み終わりました。『存在しない女たち』はひたすら事実のみをデータとして突きつけてくる本で、私たちが立っているこの地面は平(たいら)ではなく、明らかに勾配がある、ということに改めて気づかされる一冊です。「自分は中立に立ちたい」と思っている方はぜひ読んでみてください。

 ただ、いろいろと学ぶうちに、アディーチェが2020年にトランス差別の発言をしていたことを知りまして……。『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』自体はとても好きなのですが、彼女の現時点の姿勢にはNOを示したいと思います。フェミニズムを学び始めて、私はトランス差別というものを知りました。「ただ私たちを人間扱いしてほしい」というトランスの方々の声は、マイノリティである私たちの共通の叫びです。連帯していきましょう。

――「連帯」というのは本作に限らず、高野さんにとってずっと大きなテーマなのかなと思います。というのも、『私の少年』のときからずっと、高野さんは、人と人とが対等に手を取り合うためにはどうしたらいいのか、ということを描き続けてきたような気がするんです。

高野:『私の少年』は人間同士の話を描こうと決めて最後まで描き切ったのですが、そこで描き切ったなという手応えがあったからこそ、『ジーンブライド』では「人間同士」という大きな枠組みだと見落とされてしまう問題、フェミニズムを描きたいなと思って描き始めたんですよね。

 そして『ジーンブライド』を描いているうちに、『私の少年』で私が最終的に描きたかったのは、主人公の女性である聡子自身のことだったんだなということにも気がつきました。1話で、12歳の子どもである真修に抱きしめられていた聡子が、最終的に自分を自分で抱きしめられるまでの物語を描いたんだなあ、と。


©高野ひと深/祥伝社フィールコミックス

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