立花もも 今月のおすすめ新刊小説 社会問題をテーマにした読み応え十分の作品を厳選

古谷田奈月『フィールダー』

古谷田奈月『フィールダー』(集英社)

 福祉について考えざるを得ない小説をもうひとつ。本作は、児童福祉の専門家が十歳の女の子に性的接触を行ったかもしれない、という疑惑を中心に語られる小説。担当編集者の橘は、同じ出版社で週刊誌編集部につとめる同期からその疑惑を追及されるかたわら、当事者である専門家、黒岩文子から告白のような長文のメールを受け取る。

 おそらく虐待児であろう少女を、黒岩はただ純粋にかわいいと慈しみ、保護しようとしただけだった。少女が求める安心を与える一環として、裸で抱き合っただけだった。その経緯が、堂々とメールでは語られる。

 〈福祉というのは、この社会に生きるみんなが幸せであり、さらに、その幸せが続いていきますように。いつまでもその人のもとにとどまりますように。そういう願いのもとに生まれた取り組みであり、制度というわけ。〉〈人間は愛を忘れてしまう。それもしょっちゅう。だから制度が必要なんだ。〉と語っていた黒岩は、その信念を曲げたわけでは、決してない。ただ、自分を慕う少女の〝かわいさ〟に彼女はのめりこんだ。これまで学者として理論だけを追求し、実践することのない自分の当事者性の希薄さにコンプレックスを抱いてきた彼女にとって、それははじめての実践だった。

 〈かわいい、そう思った瞬間にその子のかわいさが絶対的事実として確定し、さらに増幅し、そうしてもうただかわいい、かわいい、と思いを重ねていくほかなくなる〉。その行きついた先が、裸で抱き合うことだった。それだけ。そんな彼女を責める夫は、かわいいというだけの理由で猫を飼い、去勢し、その生活を支配する。少女を傷つけたことなど一度もない、むしろ誰よりも慈愛に満ちた庇護を与えようとしている黒岩と、猫を飼う夫の何が違うのか。前者は小児性愛者として非難され、後者は動物愛護として褒められる。その違いはいったいなんなのかという問いに、いったいどれほどの人が答えられるだろう。

  一方で、橘が所属しているスマホゲームのコミュニティについても、同時進行で描かれる。福祉や社会問題などの書籍を編集しながら、できることなら誰にも邪魔されずにゲームだけをしていた橘もまた、実は当事者性が欠如している。それでも、現実だろうとゲームだろうと、誰かと関わっている限り、人は何かしらの当事者にならざるをえないときがやってくる。誰もが自分の足場と地続きの地平(フィールド)を生きるフィールダーなのだということを描く本作もまた、簡単に読み終えることのできない小説である。

畑野智美『若葉荘の暮らし』

畑野智美『若葉荘の暮らし』(小学館)

  重たいテーマが続いたので、最後はちょっと心が安らぐ一冊を。四十歳以上の独身女性限定シェアハウスに暮らすことになったミチル。飲食店のアルバイトはただでさえ不安定なのに、感染症の蔓延で収入が減り、かといって転職するにもやりたいことは特になく、結婚しようという気持ちも強くは湧かない彼女が、同じように人生に惑う訳アリ女性たちの集うシェアハウスで、少しずつ人生の光を見出していく物語。

  シェアハウスの住人と軽い恋愛談義がもちあがったとき、長々と持論を語ったミチルが「人生が行き詰ってる」と言われる場面がある。

 「ミチルちゃん、人生が行き詰ってる感じね」「えっ? なぜですか?」「理屈っぽい」「確かに、そうですね」「でも、そういう時期も大事よ。若いうちは、世間や周りの人たちの言う普通を信じてしまうけど、そうではないと気がついたら、とことん考えた方がいい」「はい」「でも、適当な男と寝たりしないようにね」「大丈夫です。なんだかんだ言って、彼氏以外と寝ませんから」

  なんてことない場面なのだが、こういうちょっとした掛け合いが、心地いい。結婚を考えるほどの彼女がいるのに、一緒に働く女の子に手を出してしまったアルバイトの同僚との掛け合いもよかった。

 「バーカ」「そんなに、言われることですか?」「気持ちは、わからないでもないよ」。会話に一貫性があるようで、ない。でもないようで、ちゃんと、ある。そういう些細な積み重ねで人は前に進んでいくし、決定打にならない誰かとの会話が、結果的に自分の道を確かなものにしていくということが、ある。だから、家族ではない誰かと一緒に働いたり暮らしたりすることは、心に健やかな明かりを灯していくのだろうなと、思う。

  奇跡なんて、簡単には起きない。でも、小さな明かりもこつこつ集め続けた結果、いつのまにか眩い輝きに代わっていくかもしれない。今の自分から見たら奇跡と思えるような出来事も、現実に変わる日もくるかもしれない。そう、信じられる小説だ。

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