『鋼の錬金術師』『NARUTO』『呪術廻戦』「呼び名」から見えてくるキャラの立場や関係性を考察

 漫画『鋼の錬金術師』に出てくるアームストロング姉弟について、先日友人とやりとりしていた際、「アレックス(弟)のほうか…」という筆者の何気ない発言に対し、「アレックス呼びする人はじめてみた(笑)」と言われたことで、この記事を書くことを思いついた。

 たしかに、作中ではエルリック兄弟などの主要キャラは、アレックス・ルイ・アームストロングに対して「少佐」呼びが多い。軍関係者だと、役職や階級で呼ぶのが一般的なのだろう。ファンの間でも「少佐」だけでなく、「アームストロング弟」「筋肉ムキムキのほう」などといわれているのは、なんとなく知っている。ただ、アレックスの姉であるオリヴィエ・ミラ・アームストロング少将にいたっては、基本弟のことは「アレックス」呼びをしている(口が悪いとき以外)。筆者はもっぱらオリヴィエ推しなので、つまり推しの視点と一致した呼び方が定着していたらしい。はじめてこのことを指摘されて気がついた。

 ふと考えてみると、呼び名とは面白いものだ。たとえば、このオリヴィエは少将という立場で、敵国ドラクマとの国境を守る「ブリッグズの北壁」という異名を持つ将軍だ。以前筆者も記事を書いたことがある。

『鋼の錬金術師』20周年で振り返る名キャラクター 女性も惚れるオリヴィエのかっこよさ

 オリヴィエは作中の限りでは、気安く慣れあいで名前を呼んだりするようなキャラではない。だが、少将として「マイルズ少佐」「バッカニア大尉」と側近に命じることや、会話のなかで「マイルズ」「バッカニア」と名前を出す場面は度々ある。わりと「貴様」とか「お前」「赤チビ(エドのこと)」などと呼ぶほうが印象に残っていて、名前呼びをする人はかなり限られているのかもしれない。

荒川弘『鋼の錬金術師』(スクエアエニックス)

 そのなかで印象的だったのが、オリヴィエがマイルズを配下に置いた理由を語るシーン(コミックス16巻)だ。
 
 普段のオリヴィエは要件を簡潔にまとめて伝えるイメージがあるが、このとき「ブリッグズは落とされてはならぬ地であること」や、「屈強な一軍であらねばならないこと」をあらためて伝え、そのためには「多様な民族の血が流れている者が必要だ」と語りかけている。しかも、合間に「マイルズ」と3回名前を出していて、最後の締めの言葉「四の五の言わず付いて来いマイルズ」は個人的にも痺れるセリフのひとつだ。目的のために、どうしても必要だというオリヴィエらしい合理的な意図がみてとれるが、それだけでなく相手と真正面から向き合っているのを感じる場面(やや圧は強いが)。例えば、このシーンで「マイルズ」と呼びかけている部分を取り払って読み直してみると、かなり印象が変わる。オリヴィエが一方的にただ語っているだけのような、机上の空論のようにもみえるのだ。呼び名が及ぼす影響は大きいのだなと思う。

呼び名からさまざまな背景や対人関係の距離感がわかる

 本来呼び名には、対人的な距離を大きくする要素(敬称)と距離を小さくする要素(親称)があるという。呼び名からさまざまな背景や対人関係の距離感がわかるなど、考えられることはたくさんあるだろう。

 この距離を大きくする、小さくする呼び名の例でいえば、恋愛がからむ漫画ではよくある場面かもしれない。意中の相手と最初は恥ずかしさや照れから苗字呼びだった関係から、関係性がどんどん近づくにつれて周りと同じようにあだ名や名前呼びとなる。告白するシーンなんかでは、相手の名前を呼ぶことで、個人を認識し、告白の決意や相手としっかりと向き合っている誠意などを感じることもある。関係が変わったことで呼び名が変わることもあれば、関係を変えるために呼び名を変えることもあるのだろう。

 さまざまな漫画作品のなかでも、呼び名において印象に残っているシーンは誰しもあるかもしれない。そのなかで筆者が好きな2作品とキャラの呼び名の変化について紹介したい。

『NARUTO-ナルト-』うちはイタチ×うちはサスケ

 イタチはサスケの実の兄で、主人公であるナルトたちがいる木ノ葉隠れの里の抜け忍。幼い頃のサスケはイタチを慕い、仲の良い兄弟であったが、ある夜イタチによってうちは一族は皆殺しにされ、唯一生き延びたサスケは復讐のためにイタチを殺すこと、一族の復興を誓う。

 イタチとサスケを語るのに、うちはの聖地で2人が戦う話は外せないだろう。「本当に……強くなったな……サスケ……」と心から語るシーンや、幼い頃のようにイタチが「許せサスケ………これで最後だ」とおでこを指でトンとするシーンは、『NARUTO』のなかでも名シーンのひとつだ。そして、第四次忍界大戦中に穢土転生で再開し共闘する2人。イタチが穢土転生をとめる際に、「さよならだ(兄さん)」とサスケは言う。最後の最後に、「お前はオレのことをずっと許さなくていい……お前がこれからどうなろうと おれはお前をずっと愛している」とイタチは告げた。涙なしには読めない、しっかりとイタチの愛を感じるシーンだろう。

 特にサスケは、そのときの感情や気持ち、考えによってイタチの呼び方が変わるのも印象的だ。幼少期は「兄さん、兄さん」と無邪気に呼んでいたが、復讐心で憎んでいるときには「イタチ、アンタ(他人に説明するときは兄貴、アイツ)」と呼ぶ。しかし、イタチの真実を聞いた後や穢土転生で再開したあたりでは「イタチ、兄さん(他人に説明するときは兄、彼)」と呼ぶことが多くなり、最終的な「兄さん」呼びは、子どもこの頃のように無意識にそう呼んだのかな……なんて。切望する気持ちで読み進めてしまう。イタチに対する親しみや憎しみ、尊敬などの感情が複雑で、距離をはかりかねている様が見て取れる。

『呪術廻戦』祈本里香×乙骨憂太

 乙骨憂太は、前日譚である『呪術廻戦0東京都立呪術高等専門学校』の主人公。祈本里香は憂太の幼馴染で、子どもの頃に将来の結婚を約束した相手だ。しかし、11歳のときに里香は憂太の目の前で車に轢かれて亡くなる。直後に特級過呪怨霊となり、彼に取り憑き実体化、周囲に危害を加えるようになる。この呪いを解くために、憂太は呪術高専に転入することになる。

 呪術廻戦0で憂太は、「里香ちゃん」「里香」と漢字で呼ぶのに対し、呪術廻戦の本編で再登場した際には「リカちゃん」「リカ」とカタカナ呼びになっていることは、ファンの間でも話題となった。しかも、ちゃん付けは普段のやりとりのシーンで、戦闘スイッチが入ると呼び捨てになる。普段は少し頼りない感じがある乙骨だが、戦闘中は主導権を握り、ちょっとSっ気が出るのもまたいい。筆者は劇場版呪術開戦0で乙骨の「来い、里香」を迫力あるスクリーンと大音量で浴びてしまったせいで、心臓を撃ち抜かれた。もちろん、「失礼だな純愛だよ」も。CV緒方恵美さんの破壊力はえげつねぇ。一瞬、私も「りか」って名前になりたかったと頭をよぎったのであった。

 里香の魂が彼に取り憑いていた呪術廻戦0の頃と、呪いが解けて魂が成仏し、憂太が指輪を通してリカを顕現し、呪力供給できているとされる本編。特級過呪怨霊の頃とは異なる存在として、漢字とカタカタで区別して呼び分けているのではないかとされている。「おいで リカ」「全部だ」のセリフもシンプルだが、ゾクッと痺れる。この漢字とカタカナの違いは漫画などのテキストだからこそ伝わる良さがあり、アニメのセリフだけではわからない。アニメや劇場版しかみたことがないという方には、ぜひ漫画も手に取ってみてほしい。

 これまで読んだことがある好きな漫画でも、これから読む漫画でも、ちょっとだけ呼び名に注目して読んでみてほしい。キャラの立場や心情、他者との関係性の変化に気づくなど、新たな視点・解釈が生まれる楽しさがあるかもしれない。

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