【独白】私生活のすべての思考は「伊集院静ならこの時どうする?」気鋭の放送作家・澤井直人がここまでハマった理由

『なぎさホテル』

 巻頭にはこう書かれている。

“このホテルから私の小説がはじまりました。”

 それは、伊集院静の“作家と“人間”としての原点”に迫った本だった。

 私も作家という仕事をしているからなのか…直感的に、この本に興味を持った。

逗子なぎさホテルを舞台に綴った伊集院静さんの自伝的小説。

『なぎさホテル』(小学館刊)

 20代後半に広告制作会社を辞め、東京暮らしを諦め、故郷の山口県へ帰る束の間の時間、故郷に帰ろうとしていたら、ふとその前に関東の海が見たくなり、降り立ったのが逗子だった。

小説家志望の若者は海風に吹かれながらビールを飲んだ。

「こんな場所で、こうして居られたらいいだろうな」

ビールを飲みながら呟いた。

『昼間、海のそばで飲むビールは美味しいもんでしょう』

ぼんやり海を見ていたら、声をかけてくる1人のおじいさんがいた。

「うちの宿に泊まればいいですよ!」

「でもお金が…」

「1人くらい、そんなもの何とでもなります」

 そのとき伊集院に語りかけた人こそ、その後7年にわたって逗留することになる
「逗子なぎさホテル」のI支配人だった。

 本を読み進めていくと、伊集院さんが作家デビューをしていくまでに逗子の地で出逢った人々(Ⅰ支配人、なぎさホテルの仲間、街のお寿司屋さんの夫婦、当時交際中だった夏目雅子さん…)との心温まる交流に“人の生きる情景”が浮かび上がってくる。

 一人の何者でもない青年を、逗子に住む人たちはどうしてここまで優しく包み込んでくれたのか?

 伊集院さんの当時の人柄はどういう雰囲気だったのだろうか。

『タイムマシンがあればいつの時代に行きたい?』という質問がよくあるが、僕は迷わず、この時代の逗子海岸だと答えるだろう。

 全てを静かに受け入れてくれるホテルを舞台に作家を生業としていくまでの青春の日々が綴られている。

 彷徨しながらも大人の男へともがいて歩んでいく、“時間だけは有り余っているひとりの青年“の姿は見事に鮮やかで、昭和の香りもほんのりとしてくる。

 最近、私は強く思うことがある。それは、“時間があること”の素晴らしさだ。

 伊集院さんもこの時代、どうせ酒を飲んで失せる金なら本でも読んでみようかと、鎌倉の古本屋に行って日本文学全集を買った。(お金は、全てⅠ支配人が笑って立て替えてくれている)はじめての小説を書いたのが、時間があったこの時分なのだ。

 私も20代の頃、精神的に結構きつい状況に陥った瞬間があり、今の仕事を続けるか悩んでしまう瞬間があった、そんなときに、帰る場所と仲間が存在していた。それは“西麻布ハウス”と呼ばれる港区のど真ん中にあるにも関わらず家賃が3万円程度で、芸人さんたちが集まるまるで漫画家が集まったトキワ荘のような場所だった。

 岡田を追え‼️ の岡田康太さん、その岡田さんを慕って、売れる前のフワちゃん、四千頭身後藤くん、ヒコロヒーさん、Aマッソさん、かが屋の加賀くん……色々な人が入り浸っていた。

 そこにいる人たちは時間だけしかなかったが、その時間を全て笑いに正面から向き合っていた。その「時間」は、とても輝かしくて、かけがえのないもので、彼らは……その「時間」を糧に瞬く間に世の中に見つかり、売れていった。

 このときの芸人さんたちと夜な夜な過ごした時間とエピソードは、今の自分の核になっており、普段作家の活動をする上で欠かせない筋肉になっていることは確かだ。

 逗子で過ごされた、「夢のような時間」の中で若き日の伊集院さんが感じたものは何だったのか? 実際にお会いしたら、聞いてみたいと思う。

 今まで読書を日常化していなかった自分が伊集院さんの書籍となると……真夏の炎天下でゴクゴクと水分補給するように文字を「飲んで」いる。人生ではじめて本を一気読みできた運命の一冊、それが『なぎさホテル』になった。

 そこから、“大人の流儀”を全巻購入し、一か月余りで一気読みしたことで、徐々に私の思考が伊集院静さんになっていく。

 伊集院さんならこの難題にどう立ち向かわれるのか?

 伊集院さんはこの道を歩いたことがあるのか?

 伊集院さんなら、この瞬間何という言葉を紡ぎ出されるのか?

 今では日常生活の中で、“伊集院静フィルター”を通さなければ思考ができないほどの身体(脳)になってしまった。

 今後、エッセイを通して勝手ながら、伊集院静さんへの思いを書き綴っていきたい。
どこかでお会いできる日を夢見て、今日も伊集院さんの背中を追いかけている。

(イラスト=武山直生)

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