医療×ごはん漫画『神辺先生の当直ごはん』 命と食の大切さに気づく良作を現役看護師がレビュー

 医療従事者は過酷な現場で日々、人の命と向き合っている。筆者も端くれながら10年以上看護師として現場で働いているため、その現状は肌で感じている。そのなかでも医師の働く環境は、また看護師とは違った忙しさ、つらさがあると思う。

 今回紹介する『神辺先生の当直ごはん』という漫画は、そんな過酷な現場で働く医師たちの姿が描かれている作品だ。医局で料理を振る舞う小児科医の神辺先生と、研修を終えたばかりの小児科医1年目、生真面目な平野太一と、よく神辺先生のごはんにお世話になっている豪快な性格の救命救急医、眞島ひかりの3人が主に登場する。

 例えば、医師の「当直」ひとつとっても忙しさやつらさが伺える。当直とは夜間や休日など、通常の診療時間外に交代制・当番制で働くことを指す。ただ、看護師の二交代や三交代の勤務のように、時間通りに交代して家に帰って休める職場ばかりではないだろう。当直で夜間の診療にあたり、夜が明けたらそのまま日勤で外来や入院の患者さんの診療にあたる、「連続38時間勤務」もいまだに珍しくはない状況だ。当直中はいつ急変や急患で呼ばれるかわからない制限があるなか、常に気が張っている状態。何もない時間には休憩をして食事をとったり、仮眠をとったりすることもできるが、すべての職場でその環境が整っているわけではない。

 特に本作でも舞台となっている”小児救急”は、昼夜問わず大忙しだ。夜になって具合が悪くなる、なかなか寝ないなどで日付が変わる前から朝方までの急患も多いのが特徴。子どもは具合が悪いことをうまく伝えられず、気づいた時には急激に悪化した状態ということもよくある。筆者は過去に急性期の小児科病棟で数年間働いていたが、本当に大変な仕事だと、看護師としても常々思っていた。

そんな環境だからこそ 炊き立ての米と 火を通したばかりのものを食べる
その熱が当直を乗り越えるエネルギーに変わってくれる

 作中で出てくる神辺先生のセリフがとても印象的だ。医師として働くなかで、命と食をなにより大切にする姿勢を見て取ることができる。

 医師の仕事中の食事事情について、あくまで筆者の経験から述べてみる。そもそも医局や当直室は、デスクの上にどっさりと書類や分厚い本が無造作に積み重なっており、あまりにもそれが絶妙なバランスで連なっていると「○○(医師の苗字)山脈」などと言われたりしているのが印象的だった。そして、その近くに並べられたカップ麺もよく見る光景だ。そう、医師の仕事中の食事というのは、美味しいものをゆっくりと味わって食べるというものではなく、とりあえず腹にたまればいいと考える人も少なくはないかもしれない。なかには弁当や出前をとることもあるだろうが、忙しさのあまり効率的なカロリー補給を優先的に求めている医師も一定数いるだろうと思う。だから、本作のように医局で料理を振る舞う神辺先生(お米を炊いている人は見たことあるけれど)が登場するのは正直驚いた。

 また、作中では小児科で働いたことがある人なら、一度はぶち当たるであろう壁や葛藤場面も描かれている。生まれつきの病気や予防接種についてさまざまな考えを持つ家族とのやりとり、子どもや家族から投げかけられる言葉なんかは、良くも悪くもリアルだと痛感する。また、医師としての未熟さに焦り、身を削って命を救おうとするのは自分のエゴではないかと、今後の医師としての働き方について悩むのは、小児科医になりたての平野君だ。例えば、今までの医師は何をしていたんだ、自分が診ていたら気づけたはずだと悔しく思う場面がある。だが、「後医は名医」ということわざがあるように、「患者さんを最初に診た医師(前医)よりも、後から診た医師(後医)の方がより正確な診断・治療ができるため名医に見えてしまう」という状況は、現場では少なくない。若い医者がハマる落とし穴について、すごくよく描かれていると感じる。小児科医が原作を描いているのもあるのだろう。筆者も自戒させられることばかりだ。

 一方で、神辺先生が料理し、みんなで食事をするシーンは、ほっと一息つく瞬間である。現場とのギャップがまたこの作品のいいところだ。料理ひとつとっても、パパッと軽く火を通すだけで美味しくでき上るものもあるが、下準備をしてあえて長時間寝かす、うま味をじわじわと引き出す料理もある。どんな素材であっても、こうやって丁寧に時間をかければいいものにでき上がっていく。こうした料理シーンから、ふと仕事や人生観についても考えさせられる場面もある(神辺先生がいい話してるときに、美味しそう……とよだれが出てしまいそうなときもあるが)。

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