花村萬月ほど、先の読めない作家はいないーー破天荒なエンターテインメント『姫』の衝撃

 やがて島を出たふたりは、松浦隆信と九鬼嘉隆を経て、織田信長と邂逅。以後、信長・秀吉・家康を、不思議な力で動かしていく。……と書くと、吸血鬼が暗躍する戦国裏面史のようだが、そこに収まり切れないスケールの大きさがある。安土城の地下に隠された〝獣〟が登場するのだが、その正体に驚いた。しかもさらに、意外な人物も登場。東北の地で、奇想天外な戦いが勃発する。なぜ東北なのかというのも、ちゃんとした理由があるのだが、そのネタを使うのかと絶句した。

 さらに、ストーリーが進むにつれ、姫の正体も分からなくなる。吸血鬼だと思ったら、どうやら別の存在らしい。地球の誕生・生物の進化・量子力学などが姫の口から出てきて、またもや啞然呆然。それなのにラストは、かつての時代小説でよくあったパターンを踏襲している。唯一無二といいたくなる、破天荒なエンターテインメントなのだ。

花村萬月『ハイドロサルファイト・コンク』(集英社)

 ところで本書の三ヶ月前に刊行された、『ハイドロサルファイト・コンク』をご存じだろうか。「前白血病状態」と診断を受けてからの、約三年にわたる治療の経緯を綴った闘病記だ。この中で作者は、骨髄移植によって血液がO型からAB型に変わったことを、「自分の血液をすべて殺して、他人の血液を迎えいれる。凄いことだ」と書いている。また、外見上の変化や、食べ物の好みも変わったそうだ。

 もしかしたら本書の冒頭の濃密な血液に関する描写は、この体験を踏まえているのではないか。考えすぎかもしれない。しかし、自身の闘病の痛みを、これほど克明に見つめる作者ならば、あり得ないことではない。重い病すら、創作の肥やしにする。その作家魂の凄さに、啞然呆然としてしまうのである。

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