佐々木チワワが語る、SNS時代の歌舞伎町研究 トー横キッズ、ぴえん系、ホストたちを見つめて

 いわゆる「夜の街」の代表格として知られる新宿・歌舞伎町。15歳の時からこの街に足を運び続けたという佐々木チワワ氏は、「歌舞伎町の社会学」として現地のフィールドワークを続け、その成果を21歳になった昨年末、『「ぴえん」という病 SNS世代の消費と承認』(扶桑社新書)として出版した。

 慶應義塾大学に在学しながら、歌舞伎町の文化とZ世代にフォーカスした記事を多数執筆してきた彼女は、ここ数年の間で、新しい価値観が歌舞伎町の中に浸透してきたと語る。近年になって現れた、いわゆる「ぴえん系」と呼ばれる少年少女――「トー横キッズ」と呼ばれるコミュニティに所属する若者たち、病み系のファッションをしたバーテンダー、ホストクラブの「推し」に会うために歌舞伎町に来た少女たち。彼ら彼女らはそれぞれどのような価値観や文化を持っているのか。「ぴえん」という言葉を基軸に現代の若者たちを考察する佐々木氏に、話をうかがった。(若林良)

一期一会の街・歌舞伎町

――佐々木さんは2015年から歌舞伎町に足を運んでいますが、そのきっかけは何だったのでしょうか。

佐々木チワワ(以下、佐々木):毎年正月に行われる親戚の集まりが苦手で、どうにか行くのを避けたいと思ったことがきっかけです。とりあえず、年始に2、3日家を空けようとなったときに、ちょうど同じように家を空けたがっている友達がいて、その子と一緒に歌舞伎町に行くことにしました。歌舞伎町を選んだのは、家から近かったことや、彼女が椎名林檎かぶれだったこともあるのですが、人がたくさんいる繁華街で、かつ自由そうなイメージがあったからです。

――そこから歌舞伎町にハマった理由としては何がありましたか。

佐々木:普段の自分とは違った形でいられることですね。○○高校の佐々木さんとか、日常の肩書を意識せずにいられる。名前を聞かれたときに「今日はアスカにしよう」とかそんなノリでもよくて。一期一会の関係だからこその、いい意味での希薄さが心地よかったんです。

 とはいえ、最初は塾帰りなど気が向いたときに行くくらいでしたが、18歳になって年齢解禁されるものも増え、遊ぶ幅が広がっていったことが大きかったですね。初めて行ったホストクラブも楽しかったですし、またSNSで知り合ったホストに通っている子などと一緒に遊ぶことも増えて、より深く歌舞伎町の魅力を知ることができました。

 大学で歌舞伎町の研究をしようとなった一番大きなきっかけは、2018年の10月に、「T」という自殺の名所になっている雑居ビルを訪れたことです。そこでたまたま、女性が屋上から飛び降りようとしている現場に遭遇したんです。私は友人と、彼女が熱を上げていたホストの人とともになんとかそれを止めました。詳しくは拙書をお読みいただければと思いますが、彼女は自殺の動機として、ホストのイベントのために大金を使わないといけないというプレッシャーを挙げて、「お金を使わないと私に生きている価値はない」と泣きながら言ってきました。そこから、歌舞伎町がほかにはない、独特の文化や規範があることを実感し、それについて深く考えたいと思うようになりました。

「ぴえん系」が内包するもの


――「ぴえん系」という言葉の定義について改めてご説明をいただけますか。

佐々木:そこまで厳密には定義していません。だいぶラフに、「ぴえん」っぽかったら「ぴえん」という感じですね。ちょうど「秋葉系」という感じに近いかもしれません。「オタクファッション」だったら単にオタクっぽい服を着ているという意味になりますが、「秋葉系」だったら服装だけではなく、口調や好きな場所をはじめ、ファッション以外にもいろんな連想が生まれますよね。「ぴえん系」も一緒で、病み系のファッションである「地雷系」や「量産型」のスタイルをしている人に加えて、歌舞伎町でストロング缶を持っている人、オタ活をして推しの存在がいる人、口癖のように「ぴえん」と言っている人など、より広範囲に現象を考えたいと思ったんです。

――「ぴえん系」は世代として定義づけられるものなのでしょうか。

佐々木:私は「ぴえん系」を年齢による区分だとは思っていません。そもそも、生まれた年代で分類することにも違和感があります。最近よく言われる「Z世代」はマーケティング用語で、まさに年齢で区切ったものですが、そこには落とし穴はあります。たとえば、今のZ世代は倍速で映画を見ているという言説がありますが、そうでない子たちももちろんいますし、安易に横で切り取ると見えないものも多いんですね。

 また、先ほどお話ししたほかに、「ぴえん系」の特色としては、SNSでの歪んだ承認欲求や、自己肯定感の低さに悩んでいることがあります。そしてそのような特色は、20歳前後にとどまらず、20代後半、あるいは、30代や40代でも当てはまる人は少なくはありません。「ぴえん」は年齢にかかわらず、何らかの精神的な消化不良を抱えている人たちの中に存在しています。

――第二章ではトー横キッズ、すなわち、新宿東宝ビルの東側の路地でたむろする若者たちの生態について触れられています。彼らもまた「ぴえん系」ですね。トー横キッズはハッシュタグからはじまったと佐々木さんは語られていますが、始まりからうかがってもよろしいでしょうか。

佐々木:もともと、SNSにはハッシュタグで交流するような文化がありました。もう少し詳しく言えば、2010年頃から女子中高生たちがSNSで、「#自発ください」というハッシュタグとともに投稿することがブームになっていたんです。「自発」とは「自分から発信する」の略で、褒め称えるリプライやいいね! などがたくさんほしいことといった意味合いになりますが、そのようにハッシュタグをつけて自撮り写真を投稿する人たち――いわゆる「自撮り界隈」がSNSに定着していったんですね。本名ではなく顔でつながる感覚ですが、そういう子たちがリアルで会うようになったときに、待ち合わせ場所として新宿東宝ビル前が主流になりました。それが2018年頃ですね。

 トー横が選ばれたのは、基本的には新宿駅の近くで、みんながアクセスしやすい場所だったことと、夜の仕事との親和性が高かったことです。歌舞伎町のバーで働いている有名なツイッタラーもいて、その人に会いに行くような動きもありました。24時から歌舞伎町のバーが開くので、その前にとりあえず路上飲みで時間をつぶそうとした。それがトー横キッズの始まりと言えるかと思います。

――名称ができたのはどのような経緯でしょうか。

佐々木:「TOHO前に最近ガキたまってね?」みたいに歌舞伎町界隈で言われ始めて、TOHO前のガキという意味合いで、当初TOHOキッズと呼ばれ始めたのが2019年の末ごろです。でも、当事者がキッズと呼ばれるのは嫌じゃないですか。だから彼らは「トー横界隈」と自分たちから名乗り出しました。それが2020年の夏ごろですが、あの場所にいる当事者としては、むしろ今は「トー横界隈」という名称の方が一般的かと思います。

――昨今、報道では「トー横=犯罪の温床」と報じられることが多いように感じますが、それについてはどのように思われますか。

佐々木:そうした見方は一面的すぎるのでは、というのが率直な感想です。トー横界隈ではファッションや美意識にも特色がありますが、報道においては「居場所のない若者」とだけ語られます。単に孤独な若者のたまり場という感じに、一時的とはいえメディアの中で矮小化されていて、ずっと歌舞伎町を見ている身からすると違和感がありました。もう少しちゃんと解像度を上げた情報を提示しなくてはならないと思います。

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