店主に引き込まれ予想外の展開へ⁉︎ 完全予約制古書店「なタ書」ルポ

店主に巻き込まれていく客たち

古書店「なタ書」(なたしょ)の店内

 「なタ書」の店内にはいくつも椅子が置いてあり、じっくりと本に目を通すことができる。しかも、喫煙も飲酒もできる。実際、筆者が取材に訪れたときには、すでに先客が喫煙しながら本を物色しているところだった。

 この30代の男性は、都内の大学を卒業後、派遣の仕事を複数渡り歩き、現在は無職だという。「ここに来る前は数か月程、広島に住んでいたのですが、今は次の仕事と住む場所を探しています」と話していた。

 実は、筆者が来店したとき、店主の藤井さんは方々に電話をして、この男性の就職先を探しているところだった。瀬戸内国際芸術祭では、たくさんの人手が必要になるため、もしかしたら仕事があるかもしれないという。店主が初めて来た客の職探しをしてくれる古書店なんて、「なタ書」くらいじゃないだろうか。 

古書店「なタ書」(なたしょ)の店内

 この男性と一緒に来店していた女性は、休暇を取って東京から遊びに来ていた。藤井さんはこの二人に「この後、女木島という離島に向かうフェリーが出るので、それに乗ってください。その前にサンリンシャという雑貨屋に行くといいですよ」とお勧めの観光スポットを丁寧に説明していた。 

 そのうえ「こちらのライターさんも連れて行ってあげてください」と依頼。そのおかげで筆者は、この日も翌日も初対面の二人と高松市内を観光することになった。 

 しかも東京から来ていた女性はベテランの編集者。筆者は仕事における心構えを道中教えてもらうことができた。職も探してもらえて、いろいろな人と出会える「なタ書」、恐るべし。 

完全予約制にしたワケとは

 「なタ書」は、一応完全予約制となっている。ツイッターに記載された番号に電話したり、ツイッターのDMで連絡したりして予約を取る必要がある。予約をしていなくても来店できるタイミングはあるが、曜日や時間はマチマチだ。

古書店「なタ書」(なたしょ)の店内

「僕が『なタ書』を始めたときは、これだけで生活できると思っていなかったので、本屋をやりながらバイトで生活費を稼ごうと思っていました。週末のみの営業もありかなと思ったんですが、結局完全予約制にしました。初めは、予約が入っていない時間は他の仕事をしていたんです。一応、24時間対応ということにしていて、以前は夜中もガンガン開けていました。でも、最近は体力が落ちてしんどくなってきましたね」 

 しかし現在は「なタ書」が軌道に乗ったためアルバイトの必要はなくなったという。

「アルバイトをする必要がなくなったので、完全予約制をやめてずっと開店してもいいのですが……。いろんなところで『完全予約制の本屋』として紹介されているせいで、予約制をやめられないんです(笑)」

 その日、店で会った二人と女木島を観光して高松に戻ってくると、藤井さんから「今からお客さんと飲みに行きます」と連絡があった。場所は、地産地消にこだわっているという飲食店『遊庵』。早速、合流すると、まだ成人したばかりだという若い女性客が藤井さんの横にいた。高松生まれ、高松育ちで市内の書店巡りをしているという彼女は「まさか店主と一緒に飲むことになるとは」と笑っていた。

 藤井さんは「毎日のように僕が酔いつぶれるまでお客さんを付き合わせている」という。実際、その日も成人したばかりの女性が親の迎えで帰宅した後、早々に酔いつぶれてしまった。筆者と店に来ていた二人で仕方なくお会計を済ませ、藤井さんを抱え上げて店外へ。我々が店主と話している隙に藤井さんは一銭も払わずにサッと夜の高松に消えてしまった。  一度訪れただけで、いろいろな本や人との出会いがあった「なタ書」。これはひとえに店主である藤井さんの人を巻き込む力のなせる業だろう。そもそも筆者が高松に訪れたのも、オンラインでの取材中に「瀬戸内国際芸術祭を手伝いに来てほしい」と言われたからだった。「なタ書」は、ただ本を売る「書店」という役割を越えて、様々な人の交流拠点となっているようだ。

(※藤井さんは後日、会計を負担した女性に自分の分の支払いを済ませたそうです)

関連記事