人の悩みは800年前から変わっていない? 『フツーに方丈記』大原扁理インタビュー
疫病、地震、戦(いくさ)……。いまの時代は、鴨長明が『方丈記』を書いた時代と似かよっているのでは? そんな視点から『方丈記』を読み解き、『フツーに方丈記』(百万年書房)としてまとめたのが、作家・大原扁理(おおはら・へんり)だ。
大原はこれまで、生活するのに最低限必要な分だけ働き、あとは気ままに暮らす生活を「隠居」と呼び、実践してきた。『年収90万円で東京ハッピーライフ』(太田出版)などに記されているように社会と一定の距離を置いて生きる大原には、郊外に小さな庵(いおり)を建て、ひとり暮らした鴨長明に共感する部分が多いのかもしれない。
いま『方丈記』を読み直すことで何が見えてくるのか。話を聞いた。(土井大輔)
鴨長明はきっと「世間」を信用していなかった
ーーまず、大原さんの「隠居」というライフスタイルについて教えてください。
大原:定義がぼんやりしていて幅があるので、私の場合は「消費、労働、社会とのつながりを必要最低限にして暮らす」と勝手に決めました。そのうえで大切にしているのは、「生き方を固定しない。与えられた環境と自分の手持ちのカードで、臨機応変に無理のない『幸せの最適解』を探す」という感じです。人生のなかで、必要なモノやこと、自分でコントロールできる幅は日々変化していくんですよね。生き方を固定してしまうと、それに対応できないんです。
ーー現在は、どのような暮らしをしているのでしょうか。
大原:コロナ禍以降は、それまで「隠居」生活を送っていた台湾に帰れなくなってしまったので、実家で暮らしています。同じ時期に親が要介護になったんです。いまはちょっと快復しましたが、いつでも介護に入れるよう、スタンバイしながら暮らしています。
ーー最低限必要な分だけお金を稼いで、あとは気楽にすごす暮らしができなくなったことで、ストレスはないのでしょうか。
大原:自分の責任ではないことで生活を変えなければいけないという点については、やっぱりストレスを感じます。ただ、コロナ禍や親の介護を経験するなかで、人生には自分を最優先にできない時期ってあるんだなと思いましたね。それをどう乗り越えるかというところで『方丈記』はすごくヒントになりました。
時間を所有していると思うとつらくなるんです。「時間は自分だけのものじゃない」と思うほうが楽だということがわかりました。
以前から、お金についてそう考えていたんです。自分がお金を所有しているんではなく、世界全体でお金を所有しているんだと思うようになったら、自分のところにいなくても他のどこかでお金は元気にやっているので、そんなに悲しまなくてもいい。今回、時間についても自分のものじゃなくて「みんなの時間」だと思うようになったら、悲しまなくてもいいかなという気持ちになってきました。自分が赤ちゃんのころは「親の時間」をもらって生きていたので、そういう意味でも時間は必要な人が使えばいいんじゃないかと思うようになりましたね。
ーーそんな日々のなかで、なぜ『方丈記』をテーマに執筆したのですか。
大原:『方丈記』を初めて読んだのは2012年ごろ、新井満さんの『自由訳 方丈記』(デコ)でした。人間が何にとらわれ、何に悩んでいるのかということが、現代と変わらないことに衝撃を受けたんです。人の悩みは800年前から変わっていないのか、と。逆にいえば、800年前から変わっていないんだったら対応の仕方があるなと思ったんですね。
『方丈記』って、世の中が災難に見舞われたあとに読まれるという特徴があるんです。関東大震災の時とか第二次世界大戦の後とか、それまでの生活が崩壊した時、どう生きていったらいいのか迷った時、その時代ごとの人たちが手にとってきたんです。
今回、担当編集者から「死生観をテーマに書かないか」という話をもらった時、『方丈記』がぴったりなのではと思って、そこに『方丈記』を組み込んでみようと考えました。
ーー『フツーに方丈記』では、『方丈記』を大原さん自身の言葉で現代語訳し、鴨長明の生き方を参考に現代を捉えなおしています。一方で、鴨長明に100%共感しているわけでもなさそうですね。
大原:もちろん共感できるところのほうが多いんです。お金を払って人にやってもらっていたことを、自分自身でやるようになってから、生活が活き活きしてくるところなんか、すごくわかるんです。暇つぶしに必要なのはお金じゃなくて創造力だ、とたぶん思っていたところも。
鴨長明は、疑問を持つことがクリエイティブな行為だと思っていたんじゃないでしょうか。フツーの日本人は、疑うということにネガティブなイメージを持っている気がするんです。ひとくくりにするのもどうかなと思いますが、日本人は既存のルールに従うことがすごく上手い。でも、ルールとか常識に疑問を持つことは苦手なんじゃないでしょうか。鴨長明はそこに疑問を持ってしまう面倒くさい人だったと思うんです(笑)。世間をあまり信用していないんですよね。
ーーどういう点を信用していないのでしょう?
大原:世間が思う幸せのかたちや、人はどう生きていけばいいのか? ということですかね。現代でいうと、正社員になって、働いて、結婚して、子供を作って……というような「世間の常識」というか、みんなが当たり前だと思って採用していることに対して、鴨長明は「本当かな?」といつも考えてしまう。そんな悟りきっていないところが、すごく私と似ているなと思います。