人と人とをつなぐ“鍵”としての本 『書痴まんが』編纂者が語る、古書店が生み出す魅力
――古書店で本を買うと、本に書き込みがあることも多いですね。私自身もブックオフで小説を買った際に、「この言葉に勇気づけられる」など前に読まれた方がチェックポイントをいろいろと本に書き込まれていたことがあって、それが印象に残っています。
山田:ただ、古書店といっても、その幅はさまざまだと思います。たとえば、ブックオフでは新刊でも買えるような本も多く扱われていますよね。私はあまり行かないのですが、どんな感じなのかな。新刊で買うのは高いから、ちょっとお小遣いを節約するために行くのか、それとも、もう新刊では手に入らない作品を見つけるために行くのかでは、どうですか。
――あまり大きな声では言えませんが、私の場合は本にカバーがされていないので立ち読みができるところが多く、それが目当てで足を運んでいたことはあります。今はコロナ対策もあり、ほぼ禁止されているとは思うのですが……。
山田:いえいえ、そうですよね。私自身も古書店の楽しみのひとつに、立ち読みがありました。たとえば高校の頃、手塚治虫さんの『アドルフに告ぐ』が文藝春秋から全4巻のセットで発売されたのですが、これを立ち読みで読破したことがあります。いつ店員さんに注意されるかと、ずっとスリリングな感覚がありました。ですから、私にとっては『アドルフに告ぐ』とその本屋さんの記憶は結びついています。
――紙の本ならではのエピソードだと思います。電子書籍だと、そうした「体験」には乏しいのかなと。
山田:そうですね。あとは偶然の出会いがあるかどうかということも大きいと思います。今は無料の漫画アプリもいろいろとあるので、電子書籍にそれがないとは言いませんが、自分が今まで触れてこなかったタイプの作品を読む機会は限られているのではないでしょうか。
その点、私が編んできたものにかぎらず、アンソロジーはそれぞれ毛色の異なった作品を一冊の中に収録して、できるだけ多くの、かつ個性の異なった作家の世界に出会えます。また、近年の漫画は特に長編作品の割合が高く、短編作品はその一つひとつにスポットライトが当たる機会は限られているので、アンソロジーを通して、短編作品の魅力を知ってほしいという思いもありました。
つげ義春作品との出会い
――これまで山田さんが編まれたアンソロジーでは、すべてつげ義春さんの作品が収録されています。『書痴まんが』でもトリを飾るのは、主人公が俳人・井上井月に思いを馳せる後期の作品『蒸発』ですね。山田さんのつげ作品への思いについて、お聞かせいただけますか。
山田:つげ作品に出会ったのは、高校2年生のときでした。「COMICばく」という雑誌が書店の店頭に並んでいて、そこにつげ作品が連載されていたんです。ドラマらしいドラマの起きない『散歩の日々』に衝撃を受け、売れない漫画家が川原に落ちている石や、古いカメラの販売に手を伸ばすなどの生活の苦境が描かれた『無能の人』シリーズに夢中になりました。子どもの頃に読んでいた「コロコロコミック」のような冒険ものやSFものとはまったく違った、こんな恬淡とした風味の漫画があるんだと驚きましたね。それから、水木さんや永島さんの作品などもふくめ、大人向けの漫画をいろいろと読むようになりました。今の私はご覧のように、漫画の企画編集に携わっていますが、その原点になったのはつげ作品と言えるかもしれません。
ちなみにこのシリーズは、連載中はさほど話題になってはいませんでした。1991年になって竹中直人さんが『無能の人』を映画化されて、それでつげさんの後期の代表作として、注目されるようになった感じですね。
――山田さんが作品に出会われた当時のつげ義春さんは、どのような存在だったのですか。
山田:いわば、マイナー界の巨人という位置づけでした。実弟のつげ忠男さんもそうでしょうか。知っている方にとっては大きな存在ではありつつも、誰もが知っているという存在ではありませんでした。先日つげさんが芸術院会員に選出されましたが、つげさんを知った当時から考えると、どこか隔世の感がありますね。
――ちなみに、今回取材をしている神保町にはたくさんの古書店がありますね。その中でも山田さん一押しの古書店はどこになりますでしょうか。
山田:ひとつは、喇嘛舎(らましゃ)さんですね。主に60年代から70年代の文化に関連した本や漫画、写真集、ポスター、全共闘運動のアジビラなど紙の資料まで扱っているのですが、サブカルチャーやカウンターカルチャーに関連した分野に特に強みがあります。当時のサブカルチャーの地位は現在と比較してとても低いものだったのですが、それを中心に商いをはじめられた、ほぼ最初の古書店です。もうひとつは夢野書店。単行本化されていない短編の切り抜きなど古い漫画や書店で扱っていない『貸本マンガ史研究』といった研究書(誌)の専門店で、資料集めには欠かせません。
――最後に、山田さんが考える古書店の魅力について教えてください。
山田:人と人とのつながりを、密に感じられるところですね。たとえば、「ドン・コミック」に行った際には、辰巳さんはいつも無口でしたがときに話しかけてくださいましたし、ご自身の愛着のある本を私が購入すると、料金をまけてくれることもありました。また、古書店は個人経営であることが多いのですが、それゆえに生活と密着していて、レジの奥をのぞくと、店主さんのご家族がお昼を食べていたり、他愛ない会話をされていることもあります。また、お客さんの層によって書店さんが変わってくることもありますし、そうなると、地域に根差した色を、書店が次第に帯びるようにもなります。店主の個性とともに地域性と生活の匂いを感じられることが、古書店の大きな魅力だと感じています。