自動運転にテレポート……ラクして移動できる社会の危機を描く、「ハヤカワSFコンテスト」入選の2作を解説
瞬間移動は現実的には難しいが、完全な自動運転による社会はいずれやって来そう。そんな社会で起こりえる出来事を描いたのが、第9回ハヤカワSFコンテスト優秀賞の安野貴博『サーキット・スイッチャー』(早川書房)だ。舞台は2029年の東京。自動運転のアルゴリズムを開発した天才プログラマーの坂本義春が、オフィス代わりにしていた自動運転車ごとカージャックを受けて、乗り込んできた犯人からある要求を受ける。
要求をのむまで坂本を乗せた車は首都高を走り続ける。止めようとすれば首都高も車も爆発する。手出しが難しい状況の中で、ひとりの男性刑事とハイテク企業に勤める女性幹部が経験と技術で爆破を阻止しようとする、バディもののサスペンスとも言える展開が繰り広げられる。なおかつ、カージャックの犯人が要求していたある情報の吟味によって、完全自動運転社会の奥にあった謀略に迫る展開もあって、ミステリーとしての面白さを味わえる。
自家用車など持たなくても、街を行き交う自動運転車をシェアして移動できるようになった社会のビジョンなど、技術がもたらす世界の変容を見せてくれるという意味で、SFと言える『サーキット・スイッチャー』。その弊害も含めて、今まさに開発が進められている技術の可能性を物語に乗せて語る点は、企業が新規技術の開発に採用している「SFプロトタイピング」の好例と言えそう。読んで自動車会社や輸送会社が利益に走らず、誰にとってもより良い自動運転社会を作ってくれることを願いたくなる。