『スナックキズツキ』は益田ミリの集大成だ 「標準」が失われた時代に向けられたメッセージ

 こんなふうに、ある物語の主人公の背景にいる「誰か」が、ある時は別の物語の主人公だったりする(一気に読み進むことができる描き下ろし単行本に適したスタイルだと思う)。皆モブキャラではなく、ぞれぞれの人生を生きている主人公だ。だからこそ、誰もが誰かを、職場で、家庭で、それぞれの場所で、知らず知らずのうちに、ささいなことでささやかに傷つけている……そんな構図が見えてくる。そして傷ついた人々を受け入れるのが、都会の路地裏にある「スナックキズツキ」と、その店主・トウコ。スタッフはトウコのみ、来客も常に1人。そしてアルコールを出さないとうたう、不思議なスナックだ。なお看板はキツツキがあしらわれている。

 トウコは、彼ら彼女らの傷に共感するでも、あるいは「あなたも誰かを傷つけている」と説教をするわけでもなく、ただ話を受け止め、彼女なりのユーモアのある方法を持って場を和ませる。それは、喫茶店でも、BARでもなく、スナックだからこその「ゆるさ」があるのかもしれない。そして、この店を出た者は、入る前より少しだけ自由になれる。

 「標準」が失われ、多様な価値観、多様な社会になっているのに、だからこそそれぞれの持っている「ふつう」がぶつかりあい、大なり小なり傷つき、傷つけざるをえない世界を生きている。『スナックキズツキ』という作品にふれることで、そんな世界でも生きていける、生きていこうと勇気づけられるのだ。

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