合わせて60万部超! 『変な家』『私が見た未来』担当編集者が明かす、出版不況下でベストセラー連発のワケ
駒草出版を経て昨年、飛鳥新社に入社した書籍編集者・杉山茂勲氏は、担当書籍の『変な家』が22万部、『私が見た未来 完全版』が40万部を突破するなど、一風変わったベストセラーを立て続けに生み出している。
そんな杉山氏に、ベストセラー制作秘話と、YouTubeから企画を生む狙いについて聞いた。(篠原諄也)
正体不明の作家と交わしたやりとり
ーー雨穴さんを知ったきっかけを教えてください。
杉山:去年の11月初めくらいにYouTubeでたまたま見つけて。「変な家」の動画に衝撃を受けました。ある中古物件の間取りに「謎の空間」があって、その謎を追っていくと、前の住人の深い闇に行き着くという話なんですが、その間取りのアイデアが本当に斬新でした。きっかけは間取り図という平面から、底知れない話の奥行きにつながっていくんですね。
そして、雨穴さんの「不気味な外見」と「かわいい声」のキャラがすごく新しかった。普通、ホラーの世界ってどんどん過激になる傾向があるんですよ。怖さを強くするあまりに、グロテスクになることもある。雨穴さんはそうじゃなくて、怖さとかわいさが融合しているんですね。そういうキャラ作り一つとっても天才だなと。
「この人が本を書いたらきっと10万部はいく」と直感しました。自分が編集的な口出しをしなくても、すごくいいものを仕上げてくれるだろうと。動画を見て10分後には依頼のメールを書いていました。「変な家」の動画は私が知った時点ですでに200万再生くらいあったので、他の出版社が声をかけているかなと思ったんですけど。
ーーどんな返事がきましたか?
杉山:「書籍化の話をありがとうございます。興味があります」といった内容でした。基本的にメールが短い方なんですよね。それで本にするならば、この話の続きを書くか、もしくはその他に短編をいくつか書くか、どちらかだと思うと提案しました。すると「続きを書くほうがやりやすいので考えてみます」と。そして数ヶ月待ったら、めちゃくちゃ面白い原稿があがってきたんです。
ーー何度か実際に会いましたか?
杉山:いや、実は一度も会ったことがないんですよ。最初は当然「できれば一度お会いさせてほしい」とメールしたんですけど、「メールで大丈夫ですので」という感じで(笑)。電話もZoomも一切していなくて。声も顔もわからないんです。
ーーメールだけでスムーズに進められるものでしょうか?
杉山:普通はコミュニケーション不足になってしまいますよね。でも雨穴さんは、メールの文面一つとっても無駄がないんですよ。あと、本当に人格者というか「いい人」なんです。装丁や売り方に関しても自分の思い通りにしたい著者さんもいらっしゃると思いますが、雨穴さんは編集者の意図を最大限に尊重してくれて、常にそれ以上のものを打ち返してくれました。こんなにスムーズに気持ちよく仕事が進んだことは、他にないレベルです。
ーー印象に残るやりとりはありましたか?
杉山:雨穴さんは間取り図を出すタイミングにすごくこだわりがありました。間取りの話が出てくると、同じ見開きのなかで図を見せるようにしたいと。なぜかというと、雨穴さんのYouTubeを見るのは10代から20代前半の人が多く、普段あまり本を読まない層が多い。そういう人たちが読書する上でのハードルをできるだけ低くしたかったそうです。同じ間取り図を何回も出すのは編集として御法度だと思う人もいるかもしれませんが、あえてそういう構成にしているんですね。
ーー本の売り出し方で意識したことはありますか?
杉山:中身は小説なのですが、最初から小説の棚で売るのは難しいだろうなと思いました。小説はすごく権威性の高いジャンルというんでしょうか……新参者が賞を取っていないのに入っていくのは大変なんですよね。
サブカルの棚で松原タニシさんの『事故物件怪談 恐い間取り』(二見書房)がすごく売れていたので、その隣で売ってもらう作戦で営業部にお願いしました。サブカルの棚ならば、どこまでが実話なのか曖昧なこの作品の不気味さも生かせる。あわよくば売れてきたら、小説の棚のほうにも置いてもらえたらいいなと。そこは狙い通りにうまくハマったかなと思います。
ーー話題になるきっかけはありましたか?
杉山:やっぱり雨穴さんがYouTubeで告知してくれたのは大きかったですね。クオリティの高い作品ばかりを出しているので、この人の書いた本ならば読んでみたいという方が多かったんだと思います。
発売してからYahoo!のリアルタイム検索を見ていると、特に若い女性から「読み出したら止まらない」といった感想がすごく多くて、これはさらに広がるなと思いました。
あとは書店員さんがもともと雨穴さんのファンだったという方が意外に多くて。雨穴さんの顔(お面)がアイコンになっているから、書店員さんも自作でお面を作ったり、ポップに描いたりしてくれて、店頭でもかなり目立っていました。初版1万部でしたが、発売1ヶ月経たずに10万部を超えるすごい勢いになっていましたね。