道玄坂上ミステリ監視塔:第3回
連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2021年10月のベスト国内ミステリ小説
酒井貞道の1冊:『怖ガラセ屋サン』澤村伊智(幻冬舎)
依頼を受けた怖ガラセ屋サンに、標的となった登場人物が恐怖を与えられる、7話収録の連作短篇集である。
彼女の手口自体は現実的であり、その限りでは完全にミステリの範疇にある。意識や認識の間隙を突いてくる嫌らしい手法(褒めてます)が多用され、標的どころか読者の現実認識をすら揺さぶってくる。怖い。しかも、話を重ねるにつれ、怖ガラセ屋サンは徐々に存在が曖昧となり、不気味な都市伝説と化していく。ミステリの領域で安穏とお話を楽しんでいたはずが、気が付いたらホラーに囚われたかのような感覚が味わえる。怖い。
若林踏の1冊:『救国ゲーム』結城真一郎(新潮社)
“奇蹟”の集落と呼ばれる奥霜里へと向かう道で発見された、元経産官僚の首なし死体。動画で殺人を告白した人物《パトリシア》は、ドローンによる地方都市への無差別攻撃を予告する。テロを阻止するべく立ち上がったのは、“死神”の異名を持つ官僚・雨宮雫だった。
名探偵と犯人の火花散る対決に、過疎化という国家規模の問題を絡めたスケールの大きい謎解き小説である。ハウダニットの要素が濃い本作でも特に注目なのが、ドローンを巡る緻密極まる推理だ。鮎川哲也のアリバイ崩しものが大好物のひとには堪らない展開が待っているぞ。
杉江松恋の1冊:『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎(朝日新聞出版)
作中で中学生が小説を書いていて、そこに出てくるのがネコジゴハンターの二人という設定でもう魂を鷲掴みにされたわけだ。何その設定、と思われた方のために書いておくと過去に猫虐待動画をアップし続けたやつがいて、その支援者を捕まえてお仕置きして回っているのである。作者じゃなくて「いいね」していた連中というのがいいね。
2人が典型的な喜劇映画のコンビで好きな人は絶対『ブルース・ブラザース』を思い出すはず。ああ、ベルーシ。あと、伊坂幸太郎が過去に使ったことがない技巧にも挑戦していてびっくりさせられます。
ついに意見の一致が。2人だけど。それだけ作品に力があったということなんでしょうね。それ以外はやはりばらばらのばら。星の数ほど刊行されるミステリーを来月もばらばらにお薦めしていきますよ。
書評子(掲載順)
野村ななみ……「週刊読書人」編集(@dokushojin_NN)
藤田香織……書評家、エッセイスト(@daranekos)
千街晶之……ミステリ評論家(@sengaiakiyuki)
酒井貞道……書評家(@haikairojin)
若林踏……ミステリ書評家(@sanaguti)
杉江松恋……ライター(@from41tohomania)