道玄坂上ミステリ監視塔:第3回
連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2021年10月のベスト国内ミステリ小説
今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。
事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。
そろそろ年末ランキングが発表になる時分ですね。しかしそれにはまったく忖度せず、自分の好みだけで本を選んでいきたいと思いますよ。2021年10月刊行分からわれわれがお薦めしたい本はこちらです。(杉江松恋)
野村ななみの1冊:『大鞠家殺人事件』芦辺拓(東京創元社)
大阪船場の豪商・大鞠家では、明治末期に長男がパノラマ館にて失踪。戦争の影が忍び寄る昭和前期には、不可解な事件が次々と発生した。謎を縁取るのは隠居のお家はん、御寮人、番頭に丁稚、嬢さんといった魅力的かつ一癖ある大鞠一族と、船場で生きる人々だ。伝統的なお屋敷の世界で生きるそれぞれの想いは複雑に縺れ、絡み、やがて連続殺人に行き着く。
点と点、記憶と記憶が繋がっていく語りにより徐々に明らかとなる真相を前に、パズルが完成した時に似た快感と一抹の切なさを覚えた。極上の本格ミステリを、秋の夜長にオススメしたい。
藤田香織の1冊:『あさひは失敗しない』真下みこと(講談社)
「大丈夫。あさひは失敗しないから」と、母に言われて育った女子大生が主人公という時点で、もうイヤな予感しかしなかった。「失敗しないから」は自分で唱えれば呪文だけど、親に言われ続ければ呪縛でしかない。躓かないように、転ばぬように、娘の手を引き背を押してきた母。浮かないように、はみ出さぬように、母を裏切ることなく生きてきた娘。
昨年メフィスト賞を受賞しデビューした著者の第2作は、ありがちな母娘関係も陥りがちな友人関係も、えげつないほどの鮮度で描き出す。イヤミスのようでいて、じわっと切なくやるせない。注目!
千街晶之の1冊:『大鞠家殺人事件』芦辺拓(東京創元社)
世の中には「他の作家でも書ける小説」と「その作家にしか絶対書けない小説」とがある。『大鞠家殺人事件』は後者の極北だ。
敗戦直前、大阪は船場の商家の一族を襲う異常な連続殺人事件。その謎解きの構図もさることながら、今では廃れた当時の船場言葉を駆使して再現された世相と、主人一家と奉公人の厳格なヒエラルキーから成る商家のありようを、芦辺拓ほどに描ける作家がいるだろうか。今まさに政治的な意味でも注目が集まり、「大阪」とは何かを読み解くことが必要とされている状況下、本書はその手掛かりとしても読めるだろう。