『ONE PIECE』はなぜ一コマに情報を詰め込むのか? 徹底した書き込みに宿る、尾田栄一郎の信念

 単行本が100巻に達し、いまや国民的漫画として知られる『ONE PIECE』だが、長期連載ゆえの登場人物の多さや、謎が謎を呼ぶストーリーによって、途中から読むのが難しい作品でもある。特に現在、佳境を迎えているワノ国編は、物語序盤からの伏線の数々が回収されつつあると同時に、ルフィたち麦わらの一味のメンバーはもちろん、様々なチームのキャラクターがそれぞれの思惑でぶつかり合う大混戦となっており、その情報量と複雑さは『週刊少年ジャンプ』の歴史の中でもほとんど類を見ないレベルに達していると言っても過言ではないだろう。

 一方、物語をずっと追っている読者にとっては、ワノ国編は一大スペクタクルそのものである。新しい話が公開されるたびに大きな話題となり、その支持が揺らぐことはない。作者である尾田栄一郎氏の執念すら感じられる、一コマへの徹底した書き込みには、どんな魅力があるのか。ワンピース研究家の神木健児氏に話を聞いた。

「尾田栄一郎先生は、かつてアシスタントを務めていた『ジャングルの王者ターちゃん』の徳弘正也先生から、“書き込みは伝わるんだぞ”と教わったことに影響を受けたこともあってか、10のことを伝えるのに100を書く、普通の漫画の3倍以上のエピソードを盛り込むのがご自身のテーマなどと過去のインタビューで明かされたことがあります。通常、漫画はメインとなる登場人物の感情や行動などを軸に物語が展開していきますが、『ONE PIECE』の場合はメインの登場人物はもちろん、例えばそれに対して街の人がどう感じたのかのリアクションや、仲間の同調、敵側の反対意見など、画面に映るものの全ての感情が描かれます。それら全てを描かないと、そのシチュエーションや時代背景を表現しきることはできないというのが、尾田先生の漫画家としての美学なんだと思います」

 たしかに『ONE PIECE』を読んでいると、ルフィたちの行動をモブキャラたちが称賛したり、あるいは非難したりするシーンが目立つ。また、主要メンバーにはそれぞれに深いバックボーンがあり、時に一巻分を費やしてその過去を描くことさえある。そうした書き込みがあったからこそ、『ONE PIECE』は壮大な物語となっていったのだろう。

「全ての感情を描くことを目指したがゆえに、キャラクターがより意思や個性を持って動き出したところもあるでしょうし、だからこそここまで長期化したのだと思います。一方で、初期の頃から比べるとどんどん書き込みが増えていますが、100巻が刊行された際、新聞広告に尾田先生の『物語は終盤です』というコメントが載っていたように、ストーリーはちゃんと終わりに向けて進んでいます。すべてを描き切って物語を終わらせるために、さらに書き込みが増えている部分もあるのではないでしょうか」

 その書き込みの多さは、読み慣れない読者にとっては難解に感じるかもしれない。しかし、リアルタイムで追っていると、自然と流れが入ってくるだけではなく、毎話ごとに新たな驚きがあり、移り変わりの激しい『週刊少年ジャンプ』の中で20年以上に渡って看板となってきた作品の底力が感じられる。

「『ONE PIECE』は一つのコマをいろんな角度から読むことができるようになっていて、読み返すたびに発見があります。新たな情報が出てきたとき、かつての登場人物が何気なく言った一言が重要な伏線になっていたことに気付かされることも多々あります。また、新しい島に着いたときは、その土地独自の文化も踏まえて物語を紡いでいるのも特徴で、たとえばワノ国には江戸時代の日本を思わせる文化があって、由来する人物もまたその文化的な背景を押さえた設定になっています。全ての配慮があってこその書き込みだと捉えると、これほど読み応えのある作品はなかなかありません」

関連記事