『東京卍リベンジャーズ』松野千冬の存在が物語をより深くする ピュアな心が生んだ感動的な描写

※ 本稿には、『東京卍リベンジャーズ』(和久井健/講談社)の内容について触れている箇所がございます。(筆者)

松野千冬が担う役割

 長い連載漫画ではたいてい、主人公にとってかけがえのない存在になるようなサブキャラクターが、物語の序盤から中盤にかけて登場する。その種のキャラクターは、やがて主人公のバディ(相棒)かメンター(導き手)となる場合が多いが、誤解を恐れずにいわせてもらえば、彼らのような存在がいるからこそ、物語――とりわけ「少年漫画」と呼ばれるジャンルの作品は、よりおもしろく、より深くなるといっていい。

 いま大ヒット中の和久井健の『東京卍リベンジャーズ』でいえば、その役割は、松野千冬という少年が担っているといっていいだろう。

『東京卍リベンジャーズ』(1)

 松野千冬は、東京最大の暴走族(となる)「東京卍會」の壱番隊副隊長である。物語初登場は第5巻――この時の彼は、敵対するチーム「芭流覇羅(バルハラ)」のアジトで、“東卍(トーマン)”を抜けたばかりの元壱番隊隊長の場地圭介からボコボコにされている。実はそんな場地と千冬は無二の親友同士なのだが――つまり、その不可解な場地の行動にはそれなりの理由があるのだが、かといって、この時の一方的にやられている千冬の姿を見て、彼がのちに同作の主人公・花垣武道(タケミチ)にとってかけがえのない存在になるとは、誰が予想できただろうか。

 なお、多くの漫画ファンにとっては、いまさら説明不要かとも思うが、『東京卍リベンジャーズ』は、中学卒業以来さまざまなことから逃げてきた26歳のフリーター・花垣武道が、ある時、タイムリープ能力を発現させ、かつての恋人の死を防ぐために、12年前(中学時代)の過去に何度も戻って奮闘する物語だ(その恋人の死に絡んでいるのが東京卍會であり、タケミチはチームの内部から東卍を――いや、未来を変えようとする)。

 「泣き虫のヒーロー」と呼ばれるタケミチは、ケンカもさほど強くはないが、持ち前の何が起きても諦めない根性を総長のマイキーと副総長のドラケンに認められ、最初は弐番隊の隊員となる。

※以下、ネタバレ注意。ある人物の生死について触れています(筆者)

 また、のちにタケミチと千冬は、場地の死という辛い試練を乗り越え、やがて親友同士になるのだが、個人的にはこのふたりの“強い絆”こそが、『東京卍リベンジャーズ』という物語を熱く、そして、泣けるものにしているのだと思っている。

 たとえば、第82話(第10巻収録)。その回でタケミチは、ついに自分が未来から来たタイムリーパーであるという秘密を、千冬に打ち明ける。これは、最初のタイムリープの時に、(千冬とは別の意味での重要人物である)橘直人に未来の話をしたのを別にすれば、覚悟を決めて、彼が“自分のすべて”を誰かに告白した初めての場面だといっていい。

 これが並みの漫画であったなら、おそらく、タケミチが最初に自らの正体を明かすのは、恋人の橘日向か、そうでなければ、尊敬するマイキーかドラケンということになるだろう。ところが、あえてそういう“定型”を避けているところに、この松野千冬というキャラクターに対する作者の強い思い入れを感じないわけにはいかない。

 ちなみにタケミチの正体を知った千冬は、すんなりと“それ”を受け入れる。「すげぇなオマエ 一人で戦ってたんだろ? 誰も褒めてくんねぇのに(中略)オレはオマエを尊敬(ソンケー)する」――親友のことを信じてすべてを打ち明けたタケミチの態度も潔いが、この千冬のピュアなリアクションもまた、感動的だ。こういう友情の描写は、描こうと思ってもなかなか描けるものではない。

 むろん、そこにいたるまでに、千冬が場地の後継者として、壱番隊隊長にタケミチを推したという熱いエピソードもあった(ここもまた男泣きの名場面だ)。「自分(テメエ)のついて行きたい奴ぁ 自分(テメエ)が指名する!!! 花垣武道 オレはオマエを壱番隊隊長に命じる!!!」(第69話/第8巻収録より)

 これは、千冬がこの世で最も尊敬する漢(=場地)と同じくらい、タケミチのことを認めた重要な場面である(そして、千冬というキャラクターが完全に「立った」瞬間でもある)。総長のマイキーもそれに同意し、宿敵・稀咲の台頭に一瞬腰が引けていたタケミチは、その迷いを打ち消し、あらためて未来を変えるために戦う意志を固めるのだった。

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