シリーズ累計90万部『後宮の烏』 ますます盛り上がる後宮×ファンタジーの魅力を考察

 妃でありながら夜伽をすることはなく、後宮の奥深くで一人孤独に暮らす、「烏妃」と呼ばれる謎めいた女性がいた。彼女のもとに、帝がある依頼のために訪れたことから、2人の運命が動き出す――。

 白川紺子の『後宮の烏』は、集英社オレンジ文庫で展開中の中華幻想譚。8月には最新刊の6巻が発売され、シリーズは累計90万部を突破するなど、大ヒット中の人気作だ。女性向け小説の中で、中華後宮ものは根強い人気を誇るジャンルとして知られている。『後宮の烏』もこの系譜に位置づけられるが、本作のヒットを後押しした要素はこれだけでない。

 オレンジ文庫の編集長が、『後宮の烏』のヒットがレーベルにおけるファンタジー人気の先鞭をつけたと語ったように(https://realsound.jp/book/2021/03/post-730257_2.html)、巻が進むごとに明かされる壮大でファンタジックな設定も、本作の人気を語るうえで欠かせない。後宮とファンタジーという2つの要素に着目しながら、『後宮の烏』の魅力を紹介していきたい。

 なお本記事は、1巻のネタバレを含む。それ以降の展開については、核心には触れないよう執筆した。

 即位間もない高峻は、13歳で廃太子となり、以後辛酸を舐めた後に這い上がった霄国の若き帝だった。彼は当代の烏妃・寿雪が暮らす殿舎を訪れ、翡翠の耳飾りに取り憑いた幽鬼の正体を探ってほしいと依頼する。先代の烏妃から継承した不思議な術を使い、若さに似合わぬ古風な喋り方をする寿雪は、当初は頼みを拒む。だが結局断りきれず、調査を引き受けた。

「むごいことを言うが、誰かと心を通わせようとは、思わぬことだ。それがほころびとなる」

 先代の烏妃で、寿雪を育てた麗娘は、そう彼女に言い聞かせていた。寿雪の正体は、高峻の祖父が滅ぼし、女子どもに至るまで抹殺を命じた前王朝の皇族の生き残り。そして後宮に閉じ込められている烏妃という存在は、隠され続けてきたこの国の真の歴史と深く関わるのであった……。

 後宮を舞台にした小説では、ヒロインと後宮関係者とのロマンスや、寵愛を競う妃たちの愛憎劇が、物語のメインモチーフとなる場合が多い。だが『後宮の烏』は、そうした後宮ものの様式美には囚われず、独自のカラーを打ち出しながら物語を展開し、それが本作の魅力となっている。

 そもそも主人公の烏妃の、後宮に身を置きながら夜伽をしないという設定がユニークだ。そして高峻と寿雪の関係性は、麗娘の言葉とは裏腹に、心を通わせる“友”として描かれていく。

 寿雪と高峻はそれぞれに過酷な運命の元に生まれ、家族を見殺しにした負い目と空虚な心を抱え続けていた。2人は幽鬼をめぐる事件を通じて徐々に打ち解け、やがて烏妃をめぐる秘密を共有する仲となる。そして高峻は、寿雪を烏妃という境遇から救い出そうと、あえて困難な道を選択する。単純なロマンスには回収されず、それでいて強い結びつきを感じさせる2人の絆と関係性の深化は、本作の読みどころの一つだ。

 また物語には、後宮ものらしい陰謀や政治劇が登場するが、当代の妃同士の関係性は良好である。それぞれの思いや立場がありながらも、妃たちは寿雪を気にかけ、あるいは頼り、彼女を慕っていく。通常は殺伐としがちな関係をあたたかなものに設定し、他の要素で波乱や闇を描き出す。ここでもまた、後宮という枠組みを活用しながら、王道には染まらない物語という方向性が見て取れる。

 カバーを手掛ける香魚子のイラストが作品のトーンを象徴するように、本作に通底するのは、独特の密やかで静謐な気配だ。白川のもの静かな筆致は、美しい情景や、登場人物たちの細やかな感情を丁寧に描き出していく。きらびやかな後宮小説とは一線を画す、陰りを帯びた物語世界。寂寥感の中に、どこかあたたかさを感じさせるテイストも、『後宮の烏』ならではの持ち味だ。

関連記事