金原ひとみが語る、文学でしか救済できない領域 「間違っていることを正しい言葉で語る側面がある」

今、小説や文芸シーンに思うこと


ーーデビューからこれまでの間に、小説や創作に対する考え方に変化はありましたか?

金原:あまり変わっていない気もしますが、やっぱり子どもを生んだこと、(2012~18年に)フランスに移住したことで、他者の存在が大きくなったとすごく実感しています。子どもが生まれる頃まで、毎日パソコンしか見ないような生活を送っていました。会うのは編集者と作家と仲のいい友達くらいでした。本当に閉じた世界の中で、自分の考えの純度を上げていくことに専念していました。

 子どもができて、海外移住をすると、いろんな人とかかわらざるをえなくなりました。海外ではまったくもって孤立して生きていくことは逆に難しくて。好きじゃないけれど、仕方なく付き合うようなこともあって、理解できないけれど、そういう考え方もあるんだと否応なしに知る機会が増えました。小説でも、完全なる他者を入れ込むことができるようになったと思います。

ーー金原さんは今の文芸のシーンについて思うことはありますか? 最近の本は読みますか?

金原:今年から朝日新聞の書評委員をするようになって、幅広くいろいろな本を読むようになりました。自分史上すごく読んでいる時期です。最近は文芸にかぎらず、ポリティカル・コレクトネス的、フェミニズム的な本の刊行が増えていると思います。新刊本のリストをいただくんですけど、毎回女性やフェミニズムがテーマになっている作品が多くあります。

ーーそうした作品を読んで、金原さんはどのように感じますか?

金原:もちろん現実的には、より差別の少ない社会を目指すべきだと思っています。ただ同時に社会全体が正しい方向に進む中で、どこがこぼれ落ちるのか。文学でしか救済できない領域は、どこにできていくのだろうと最近よく考えます。

 小説というのは、間違っていることを正しい言葉で語る側面があると思うんです。これから先は誰が排除されていくのか。たとえば、老害と切り捨てられてみんなに嫌われる高齢者男性、警察に突き出されるような痴漢かもしれません。そういう人は誰からも共感を得られず容赦無く袋叩きにあうようになっていく。でも小説というのはある程度、誰からも共感されず、みんなから「死ね」と思われるような人たちのためにあると思っています。

 「テクノブレイク」では、最後のほうで主人公がゴキブリに自分を投影するシーンがあります。「どんなに命の平等が叫ばれても、ゴキブリは別枠だ。汚くて、気持ち悪いからだ」と。みんなから嫌悪されて、排除を望まれる人たちがいる。私はそういうゴキブリとしての言葉を書き残していきたいんです。


■書籍情報
『アンソーシャル ディスタンス』
金原ひとみ 著
価格:1,870円(税込)
出版社:新潮社
https://www.shinchosha.co.jp/book/304535/

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