『少年ジャンプ』副編集長が語る“最強の企画”「描きたいことを好きに描いていいと知ってほしい」

同じ「お題」でも違うものを描くのが「作家」

――今回の本では、空知英秋先生や白井カイウ先生といった、複数の人気作家が同じ「お題」でネームを描かれていて、その企画ページは教則本である以前に、単に読み物としておもしろかったです。当たり前のことかもしれませんが、みなさんそれぞれ個性的なネームを描かれていて……だからこそ「作家」なんだなと。

齊藤:そう思います。「少年ジャンプ漫画賞」のTwitterでマンガに関する質問を受け付けているんですが、「自分がいま描いている作品は誰々の作品と被ってる気がするんですけど、このまま描き進めても大丈夫でしょうか?」という質問が多くて。もちろん、何もかも同じだと困りますが、「そもそも本当に被っているのかをもう一度考えてみて、とにかくまずは1作仕上げてみてほしい」と返事をすることが多いですね。

 さっきお話しした「何かひとつだけでも新しいところがあればいい」というのと同じことで、似たようなテーマやモチーフを扱っていても、「どこか、あなたならではの味はないのですか?」といいたい。「作家」ならたとえデビュー前の新人であっても、なんらかの「個性」はあるはずなんですよ。そのことのわかりやすい例として、プロのマンガ家に同じお題でネームを描いてもらったわけです。結果的には、コマの割り方から何からすべて描いた先生によって違っていて、たしかに読み比べるだけでも楽しいページになりましたね。

――もうひとつ、この本では、尾田栄一郎先生、久保帯人先生、堀越耕平先生、松井優征先生、白井カイウ先生、出水ぽすか先生、吾峠呼世晴先生、芥見下々先生、藤本タツキ先生などの複数のマンガ家さんに、それぞれの「マンガの作り方」について訊いたアンケートも掲載されていて、そのページも読み応えがありました。いずれも興味深い答えが書かれていますが、個人的には、「ネームを直すときに気をつけていることは?」という質問に対する、吾峠先生の「主人公と直接関係ないことや、ストーリーの主軸と直接関係ないことは極限まで短くするかカットします」という答えが印象に残りました。

齊藤:その吾峠先生の回答は、連載マンガを作るうえでもっとも大切なことのひとつだと思います。実はアンケートページの質問は、私たち編集部員ではなく、新人マンガ家さんたちに「ジャンプ作家にどんなことを訊いてみたいか」考えてもらったものが元になっています。編集者が考えた質問というのは、どうしてもこちら側が答えさせたい予定調和なものになりがちです。でも、この本に載っているアンケートの質問はマンガ家の卵たちから出た生の声なので、描いている人にはかなり実用的なものになっているはずです。たとえば、「1話の原稿を完成させるのにどの位の時間がかかりますか?」という質問がありますが、これなどは単純ですが編集サイドからはなかなか出てこないたぐいの質問だと思います。

——あと、このアンケートページの回答を見ていると、みなさん、よく映画をご覧になっているのがわかりますね。

齊藤:それについては少し補足したいことがあります。同じ視覚表現として、たしかに映画はマンガを描くうえでとても参考にもなりますし、刺激も与えてくれることでしょう。だからもちろん、いくらインプットしても損はありません。ただ、それは別に「マンガよりも映画を多く観ましょう」といっているわけではないんです。なぜならば、アンケートに答えてくださっているマンガ家さんたちは、すでに膨大な数のマンガを読み込んでいる・描いているうえで、映画をさらに観ているわけでして。

 なので、若いマンガ家志望者には、「マンガを描きたいなら、まずはマンガをたくさん読んでください。または気に入ったマンガを繰り返し読んでください」といいたいです。「これはちょっと自分には合わないな」と思うようなものでも、いま話題になっている作品には必ず何か学べる部分があると思いますので、好き嫌いせずに、最初はいろんなジャンルのマンガをたくさん読むことから始めてもらいたいですね。

描かずにはいられない人たちを応援します

――デジタル技術の進化が著しい現在は、創作の面でも媒体・流通の面でもマンガが変わりつつある時代です。そういう変わり目の時代にあっても、本質的な「おもしろいマンガの形」は変わらないとお考えですか。

齊藤:これは楽観的な意見かもしれませんけど、近い将来、「マンガに似た新しい何か」は生まれるかもしれませんが、いま我々が作っているような従来のマンガの形が完全になくなることはないだろうと思っています。そもそもテレビが普及し始めた頃には「映画は終わる」といわれていたわけですし、そのテレビ業界の人たちも、家庭用のゲーム機が流行り出した頃にはある種の危機感を抱いていたかもしれません。ですが、結果的にはそれぞれのメディアが良い形で刺激しあって、エンターテインメントの世界全体を盛り上げていますよね。なので、この先、いろいろな表現の形が増えていくこと自体は、個人的には歓迎すべきことだと思っています。

――それでは最後の質問です。コロナ禍で流行った言葉のひとつに「不要不急」というものがありますが、ズバリ、マンガは不要不急ですか?

齊藤:「いいえ」とお答えしたいところですが、正直にいえば、不要不急の人もいるでしょうし、そうでない人もいるだろうと思っています。ただ、物語・マンガを読まずにはいられない人と同じように、描かずにはいられないという人だってたくさんいると思います。だとしたら、私としては、そういう人たちのためにできるかぎりのことを全力でがんばりたいと思っています。私個人は、もちろん物語がないと生きていけない側の人間です。そして、たくさんのマンガ家さんと接してきたので「描かずにはいられない」という人たちの気持ちもわかっているつもりです。なので今回の『描きたい!!を信じる』という本が、そういう人たちの力になってくれればいいと心から願っているんです。

■齊藤優プロフィール
2005年集英社入社、『週刊少年ジャンプ』編集部配属。歴代担当作品は『アイシールド21』『銀魂』『黒子のバスケ』『ニセコイ』『ワールドトリガー』他多数。その後キャラクタービジネス室を経て2020年より『週刊少年ジャンプ』編集部副編集長。

関連記事