湊かなえが語る、若者に伝えたいこと 「好きなものを職業にできなくても、それは挫折じゃない」
好きなものを職業にできなくても、それは挫折じゃない
――フィクションのラジオドラマを制作していた前作以上に、ノンフィクションが前提のテレビドキュメントをつくる今作は、そのテーマが色濃く描かれていました。事故によって入部をあきらめざるを得なかった陸上部と、活躍が期待される親友の良太を、圭祐が密着取材しなきゃいけなくなる、というのも読みごたえがありました。
湊:圭祐を陸上少年にしたのは、放送部と真逆の場所にいた子がいいなと思ったのと、私の娘が連載開始時に陸上部だったので、「長距離の練習には朝がいい」とか実際のところが書きやすいというだけだったんです。でもそれとは関係なく、スポーツのありかた、みたいなことを考えていた時期がありまして。運動って本来、自分が健康であるために生涯を通じて楽しみながら体を動かしていくものでしょう? ところが競技となると、人生のピーク時に体を酷使して完全燃焼してしまうのがあたりまえで、それが美談として語られる。なんかそれっておかしいんじゃないかなと思ったんですよね。
――ああ、だから……。良太も中学時代に膝を痛めていますし、今作でも競技者の「怪我」についてしばしば語られますね。
湊:本人の気持ちを考えれば、ここで身体がダメになってしまっても今全力を注ぎたい、という気持ちはわかるんですけどね。怪我で競技から離れることを余儀なくされた子に、どんな言葉をかけてあげられるだろう。怪我をしてなくても、全力を尽くしたのに結果を出せなかった子には? プロになれなかった子は、どんなふうにその後、スポーツに関わっていけるの? と考えていたことが、特に今作では強く出たなあと思います。
――先ほど、読者に道を一本しか提示できなくなってしまう、とおっしゃっていましたが、めざしていた道が閉ざされたように見えたとしてもそれは終わりじゃない、ということがスポーツ以外の場所でも本作では書かれていますよね。『ブロードキャスト』の文庫巻末に収録された、正也の短編でも……。彼の師匠が、パン屋を営む元脚本家のおばさん、というのがすごくいいなと思いました。
湊:好きなものを職業にできなくても、それは挫折じゃないですし、一生関わっていくことはできるはずですよね。なんとなくなんですけれど、みんな短いスパンで物事を考えすぎなんじゃないかと思うんですよね。「この大会で結果を出せなかったら終わり」とか、目の前の結果だけで未来を決めてしまっている。もちろん、目の前の試練を一つずつ乗り越えていくうちに、いつのまにか高いハードルを越えられるようになっていた、みたいなのも大事ですけど、もっと漠然とした……たとえば「書くことで何かを伝えられる人になりたい」っていうゴールを設定して、そこにゆっくりでも正規ルートじゃなくてもいいから、近づいていけばいいんじゃないかなあと思うんです。だって今、昔と違って思いもよらないルートが生まれたりするじゃないですか。大学4年生で就職が決まらなかったら、一生、正社員の口は決まらない、みたいな時代とは全然ちがうから。
――作中でも〈人生には三本の脚が必要〉というお話があって、すごく素敵だなと思いました。一つのことに打ち込んで何かを成すのも素敵だけど、自分を支える柱は一つじゃなくてもいいんだ、と思えることで、ほっとする人もいるだろうなと。
湊:あれは大学時代、私が友達とそんな話をしたんですよね。自分を支えるものって一つよりは二つの方がいいよね、って。でもよく考えたら三本のほうがもっといいな、って思ったんです。椅子の脚が二本のうち一本欠けたら立っていられないけど、三本のうち二本が残っていたらまだ少し、頑張れる。頑張っているあいだにまた新しい一本を探して修復すればいいんだ、って。
――それしか見えない、という視野の狭さの危うさも本作の肝だなと思います。ドローンで校内を撮影しているとき、偶然、良太が煙草をもっているシーンが撮影されてしまい、それをめぐりちょっと悲しい事件が起きてしまうわけですが、「ほかに道はない」と思いこんでしまうと、その焦燥感で人はしてはならないこともしてしまうのだなあと……。
湊:それもやっぱり、伝え方だなと思うんですよね。それを言ったら相手がどう思うか、ということにそれぞれがもう少し思い至れていたら、全部起きていなかったこと。だけど、昇華しきれない想いが体のなかに燻っていると、なかなかうまく言葉にできないし、誰かのせいにして傷つけてしまったりもする。今って、瞬間的に思いを伝えるツールもたくさんあるから、一呼吸置く、ってこともできないんですよね。寝て起きて、直接会ったら頭も冷えていたかもしれないのに、LINEで思いのたけをバーンとぶつけてしまったり。別に我慢しろとかうわべをとりつくろえとかいうんじゃなくて、爆発して取り返しのつかないことになる前に何ができるかを考えたいな、とは思います。