俺たちの『チェンソーマン』はまだ終わっていないーージャンプ大好き評論家3名が討論【後編】

 ドラマ評論家の成馬零一氏、書評家の倉本さおり氏、アイドル専門ライターの岡島紳士氏による『チェンソーマン』座談会。「『チェンソーマン』は本当に“愛の物語”だったのか?」を問うた前編に続き、後編では同作中を読み解く鍵となりそうな「抱きしめる」という行為や、マキマやパワーといった女性キャラクターに募らせた想いについて語り合った。(編集部)

「抱きしめる」というテーマについて

倉本:『チェンソーマン』には「相手を抱きしめる」という描写が多いですよね。例えば、クァンシが愛する取り巻きの悪魔たちが、闇の悪魔の力によって人形に変えられてしまう場面。彼女たちに無抵抗で刺されたあとにわざわざ抱きしめるシーンがあるじゃないですか。地味なシーンだったけど、すごく記憶に残っていて。「あ、藤本先生はこういうシーンを描く人なんだな」と思ったんです。ラストでも「たくさん抱きしめてあげて」という話になったので、そのあたりは一貫しているんだなと。

成馬:あそこまで狂った超展開を見せておいて、最後のメッセージが「たくさん抱きしめてあげてほしい」だったのは驚きました。しかも、はっきりと言葉にしている。

岡島:映画館でマキマさんとデンジがデートするじゃないですか。その映画の中で家族同士っぽい人たちが抱きしめ合ってるシーンで、デンジとマキマさんが泣くんですよ。そういう伏線を見ていると、最後に「抱きしめる」を持ってこようという意識はあったのかなと。

『チェンソーマン』の連載がスタートした号の「週刊少年ジャンプ」

成馬:最後のイメージは決まっていた感じはしますよね。デンジがチェンソーでマキマさんを切るシーンのときに、チェンソーにマキマさんの顔が映るカットがあるじゃないですか。あれは、「ジャンプ」で連載がスタートしたときの表紙ですよ。チェンソーにマキマさんの顔が映っている。だから、連載1話目から、最後に二人がリバーシブルな関係になるってことは決めていたんだろうなぁと思います。藤本先生は、同じアングルの画を反復することで人間関係を見せるといった、構図に意味を持たせることが、めちゃくちゃ上手いですよね。

岡島:コベニの能力は結局なんだったのかとか、ナユタはどうやって転生したのかとか、気になるところはまだまだたくさんあるから、単純に感動しきれないところはあるんですけれど、それでもラストの「悪魔から逃げ惑う人々を背景に高校生のデンジが胸のスターターロープを引いている」カットはめちゃくちゃかっこいいし、素晴らしいなと思いました。

成馬:藤本先生は、『チェンソーマン』を「邪悪な『フリクリ』」だと言ってましたが、年上のお姉さんに失恋して少年が成長する終わり方はたしかに『フリクリ』的です。全体的に80年代以降の庵野秀明たちが作っていたオタク向けアニメの表現を、うまく咀嚼して自分のものにしているという印象で、たとえば短編の『予言のナユタ』で喋る文字が反転しているのは庵野秀明監督の『トップをねらえ!』の引用ですよね。他には空を舞う剣のイメージは幾原邦彦監督の『少女革命ウテナ』や『DAIKON FILM4』からの影響も伺える。「銃の悪魔」が攻撃する場面で、被害者の名前が字幕でずらっと表示されるのも『トップをねらえ!』の影響だとインタビューで語っていました。ただ、その一方で、『新世紀エヴァンゲリオン』からの影響があまり感じられないのが、逆に面白いところですよね。

岡島:それが多分、28才の作家ならではの感性なのかなと思います。