カレーに人生を捧げた少女の物語とは? 青春カレー小説『私のカレーを食べてください』のスパイシーな魅力

「何なのだ、何なのだ、このカレーは一体何なのだ!」

 施設を出て調理師学校に入学した成美は、一人暮らしを始め、料理の道に進むことを決意する。目指すは、幼い日に食べた「先生のカレー」。記憶に残る香りを頼りに試行錯誤するが、どうしても同じ味の再現に至らない。若い上に外食体験とも遠い生活を送っていた成美には、カレー経験値が圧倒的に不足していたのだ。

 未熟な味覚を育てるべく、名店と名高いカレー店をひたすら食べ歩く成美。実直な性格が、好きなカレーへの集中力と探究心を高めていく。

カレーを食べ終わり、口の中に味が残っているうちに、酸・苦・甘・辛・鹹(かん・塩味)の味覚を示す五角形と、スパイスの比率や感想などを、毎回ノートに漏らさず記録していく。

 時には食べ過ぎてトイレにこもる羽目になりながら、研究を重ねるにつれ、成美のカレー感覚は着実に研ぎ澄まされていく。そしてある日、近所の喫茶店から漂ってきたスパイスの香りをキャッチする。

 その店こそが、本作で重要な舞台となる喫茶店「麝香猫(じゃこうねこ)」。蔦の這う古びた店で食べた一皿のカレーに、成美は胃も心も揺さぶられる。

まず、軽快なフットワークでスパイスが鋭いジャブを放った。玉ねぎの甘さを感じた直後、小気味よい辛さが口の中を縦横無尽に駆け抜けていく。

硬めに炊かれた米粒が、旨みの強いルーをしっかり受け止めていた。

四口目は、嗅覚を最大限に研ぎ澄ませた。

カレーを口に入れた瞬間、ガラムマサラの風味がふわりと膨らんだ。自己主張し過ぎず、かといって謙虚過ぎず、鼻の奥から爽やかな香りがスッと抜けていく。

口に残ったほのかな香りは、麦の穂を揺らす風のようにざわざわと食欲を掻き立てた。

何なのだ、何なのだ、このカレーは一体何なのだ!

 ナイフのように研ぎ澄まされた成美の五感が「麝香猫」のカレーにストン! ストン!と刺さったかのような、鋭い味の描写にお腹が鳴る。

 成美は「麝香猫の味をモノにする」という新たな夢に向かって歩み始めるが、順風満帆に行かないのが人生だ。後半では、ページをめくる指が固まってしまうほどの重大事件が起きる。しかし、運命に翻弄される成美を見ていると、逆境こそが自分を強くしてくれたことを思い出す。初心を忘れず、前を向いて進むことでどんな暗がりにも希望の光がさすものだ。成美の生き様を通して、作者からそう語りかけられたような気がする。

 スパイスカレーを武器にした成美がイキイキと蘇る怒涛の終盤では、目頭が熱くなり、爽やかな涙がスーッとあふれた。

 主人公の人生を彩る名脇役たちも印象深い。施設仲間だったトロ子。バイトの草野くん。カレー好き弁護士・トヨエツ。このトヨエツ、若かりし頃はさぞイケメン、しかし今は歯に衣着せぬ性格の中年。「おまえの売りは何だ?」と成美を鼓舞し「私にはカレーしかありません!」と言わしめる。職業柄なのか、人の心を見抜いて気づきを与える巧さが光る。

 いつの間にか私の脳内では、成美もトヨエツも勝手に配役が決まり、自由きままに演じ始めていた。こんなにも全キャラクターが立体化し、顔と声を持つ物語は久しぶりだ。ぜひ「朝の連続カレー小説」としてドラマ化されてほしい。動く彼らが見たい。  

印度カリー子さんレシピ「トロ子と食べた豚の角煮カレー」

 巻末には、人気料理家・印度カリー子さんのオリジナルカレーレシピが付いている。読後の爽快感は冷めぬまま「トロ子と食べた豚の角煮カレー」を作ってみた。

 シナモン、クローブ、カルダモンにスターアニス。パチパチと弾けるスパイスや、さまざまな食材が渾然一体となって、カレーは初めて成り立つのだ。スパイスカレーを食べながら、またしても我が身を振り返る。私の人生も、一人きりではけっして立ち行かなかった。

 読んでほっこり、食べてニンマリ。黄色い表紙にビビッときた方は、ぜひ、このカレーストーリーを味わってみてほしい。きっと続編(と書いて、おかわり)を期待してしまうこと請け合いだ。

■大信トモコ
元Supersnazz、現在はTweezersとRock Juiceで活躍中のベーシスト/ライター/シュフです。趣味の料理本集めで見つけた、役立つ本を紹介します。Twitter

■書籍情報
『私のカレーを食べてください』
著者:幸村しゅう
出版社:小学館
発売日:1月22日(カレーの日) 
定価:1,600円+税 
https://www.amazon.co.jp/dp/4093866058

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