島本理生『2020年の恋人たち』が描き出す、30代女性の強さ 経験の積み重ねで得たものとは

 島本理生さんの描く女性たちはみな、弱くて強い。

 かすかな違和感を覚えていても、好意を寄せてくれる相手がいればはっきりと拒むことができず流されていくし、その結果たいていの場合、肉体的にも精神的にも傷つけられる。たとえみずから思いを寄せた相手だったとしても、好き、という感情をたてに強いられる理不尽に、巻き込まれたあとでないと逃れることはできない。その弱さはたぶん、社会的なものでもあるだろう。女性は守るべきものという優しさは、同時に、軽んじていいものだという横暴さでもある。時代が変わってきたとはいえ、その無自覚なマッチョ志向はいまだ男性にも女性にもそなわっていて、どんなに紳士的で腰の低い男性であっても、たとえば『ナラタージュ』の小野くんのように、恋愛関係に陥ったとたん獰猛な一面を垣間見せるし、主人公の泉はそれを息苦しく感じながらも、むりやりにでも寄り添おうとして、関係をよりこじらせていく。

 けれど泉をふくめ、主人公となる彼女たちは、自分の傷を誰かのせいにしたりはしない。怒りを表明することはあっても、傷つくこともすべて自分の権利だといわんばかりに、背筋をぴんと伸ばしている。ゆらゆら、常に揺れているのに、軸足だけは決してブレないのである。

 そんな強さを、これまで以上に描いたのが、直木賞受賞後長編第一作となる『2020年の恋人たち』だ。ある落雷の晩、バーで母を待っていた葵は、羽田空港から向かう途中に彼女が事故死したことを知らされる。

 葵の身の上は少々、複雑だ。葵に戸籍上の父親はおらず、母は長年、稲垣という男の愛人だった。母が開店準備を進めていたワインバーの大家も稲垣で、当然ながら葵たちをよく思っていない義理の兄から、店を手放すように勧められる。ところがこの義兄がとんでもなくいけすかない男で(気持ちはわかるが、幼かった葵に聞こえる場所で「親父にたかってる親子」と言うのもどうかと思うし、母を「夜の女」呼ばわりし「あなたはまだ一般常識がおありですよね?」なんて慇懃無礼に問うのも、他人事ながら、読んでいてぐぎぎぎぎとなるほどむかついた)、売り言葉に買い言葉で葵は、店を引き継ぐことを決めてしまう。義兄を内心で「こいつ」呼ばわりすることといい、おとなしいようで喧嘩っぱやい性格といい、これまでの島本作品ではあまり描かれなかったタイプの主人公だ。

 これまで描かれてきた20代の主人公たちに比べて、32歳の葵は、物語がはじまった時点ですでにじゅうぶんすぎるほど傷ついてきたからかもしれない。その生い立ちだけでなく、子どものころから母の店に出入りしていた葵の周りには常に“男”がいた。なかでもとくに懇意にし、経営の手助けまでしてくれていた幸村のとった思いがけない行動。部屋に引きこもり、対話を拒み続ける同棲中の恋人・港。20代のときに着ていた、今となっては趣味ではない衣服を整理しながら〈可愛くしていれば大事にされるかもしれない。当時はそれを男性への期待だと思っていた。でも今となっては半ば防衛本能のように映った〉とふりかえる場面があるが、期待しては裏切られ、自分を守るつもりでからまわってしまった経験の積み重ねによって、葵は強くならざるを得なかったのだろう。

 それでもやっぱり、葵は誰のせいにもしたりしない。「自分の身に降りかかったら、どんな運命でも、責任を持ちそう」と葵に言う男が作中に登場するが、これまでの主人公なら、いずれ傷つくとわかっていてもなしくずしに始めていたかもしれない彼との関係を、ふみとどまった葵はやっぱり強いと思う。――別の場面、「誰にも期待したことなんてない」と言いきる彼女を、強いと断じてしまっていいかはわからないけれど。

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