オーラル山中拓也、初エッセイ『他がままに生かされて』の“核”とは? 生き方、言葉、音楽の結びつき

這い上がるような力に変えたい


 既に音楽的な評価を獲得し、天才の名をほしいままにしていた米津に対して山中は、とことん酔っ払い、嫉妬心と劣等感をぶちまけてしまう。

 「自分の人生に後悔しかないわ」と卑下する山中に向けて米津は、「才能は有限だから、吸収できないことも多い。だけど、常に人より足りないと思って、スポンジのように吸収するお前はどんどん成長していけるよ」と答える。

 その言葉によって山中は、「辛い経験を後悔して終わるんじゃなくて、そこから這い上がるような力に変えたい」という決意に至り、ミュージシャンとしての新たなモチベーションを手に入れるのだ。恵まれた人生でなくても、他者と真摯に対峙することで、未来を切り開くための言葉を手に入れるーー米津との対話には、山中の生き方がダイレクトに刻まれていると思う。

 私は音楽ライターだが、基本的に、ミュージシャンの人生そのものにフォーカスを当てたインタビューや文章があまり好きではない。どんな音楽を聴いて、どんな影響を受け、どんな音楽を作るに至ったのかという流れにはとても興味があるのだが、たとえば“子供の頃にいじめられて”とか“信頼してる人に裏切られて”とか“恋人とと別れて”といったプライベートな出来事は、ハッキリ言ってどうでもいい、というか、音楽と関係のないことだ思っている。

©Hirohisa Nakano

 だが、山中が記した『他がままに生かされて』を読んだことで、自分の考えが少しだけ揺らいでいるのを感じたことも、また事実だ。生き方と言葉と音楽が強く結びつき、それが多くのリスナーに影響を与えるーーその克明な記録が、この本には確かに存在しているのだから。

■森朋之
音楽ライター。J-POPを中心に幅広いジャンルでインタビュー、執筆を行っている。主な寄稿先に『Real Sound』『音楽ナタリー』『オリコン』『Mikiki』など。

■書籍情報
『他がままに生かされて』
山中拓也 著
定価:本体1,900円+税
出版社:KADOKAWA
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