書店は“犯罪者の手記”や“ヘイト本”とどう向き合うべきか? 書店のリアルを活写する『書店員と二つの罪』

 酒鬼薔薇事件の犯人の手記が出版されたとき、その是非を巡り、世間は大きく揺れた。本を扱わないと決めた書店も少なくない。本書の描写は、それを踏まえたものである。たしかこの件から書店の社会的役割が、あらためて注目されるようになったと記憶している。そもそも書店は、取次から送られてきた本を並べて売る小売店だ。私も若い頃に書店員をしていたが、売る本の是非など真面目に考えたこともなかった。仕事がきついことと、給料が安いことしか不満がなかったものである。

 しかし出版不況が常態化し、書店の経営が苦しくなると、厳しい選択を迫られるようになる。それが本書でも取り上げられている、ヘイト本の問題だ。この手のヘイト本を置きたいと思っている書店員は、まずいない。だが売れるのだ。つまり優良な商品なのである。良心と商売。ふたつの狭間で、書店員は心を揺らしている。手記を巡る騒動に加え、ヘイト本の問題も掘り下げ、書店のリアルを活写する。ここが大切な読みどころなのである。

 なお、2019年に出版された、永江朗の『私は本屋が好きでした――あふれるヘイト本、つくって売るまでの舞台裏』を読むと、編集者や書店員など、出版業界の人々がヘイト本とどうかかわり、何を考えているのかよく分かる。本書と併せて、お勧めしておきたい。

 おっと、ミステリーの部分にも触れなければ。ストーリーは後半のある出来事を経て、大きく動き出す。一介の書店員である正和に、事件の手掛かりを与える、作者の話の運びは滑らかだ。息苦しい展開なのに、だから、ページをめくる手が止まらないのである。そしてその果てにたどり着く意外な真実。ミステリーに慣れた人なら、ある程度は予想できるかもしれない。しかし全体の構図を見抜くことは不可能だ。ミステリーのサプライズも、存分に堪能できるのである。

 その他にも、さまざまな出版業界の最新事情が盛り込まれており、本好きにはたまらない一冊になっている。そんな読者なら、終盤で正和が口にした言葉や、ラストの3行に込められた作者の祈りに、必ずや共感するはずだ。いつまでも書店が、自分の行きたい場所でありますように。本書を閉じた後、そう思わずにはいられなかった。

■細谷正充
 1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。

■書籍情報
『書店員と二つの罪』
著者:碧野圭
出版社:PHP研究所
価格:本体1600円+税
https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-84860-0

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