『違国日記』ヤマシタトモコが語る、“口うるさいマンガ”を描く理由 「人のあり方は多様でいいと気づくのはすごく難しくて苦しい」
私もずっと模索中
――まだまだジェンダーギャップが大きい日本ですが、それでも「女性らしさ」「男性らしさ」という言葉に違和感を持つ人が増え、Twitterで議論が広がったり、影響力のある芸能人がジェンダーに対して意識的な姿勢を表明するようになったりと変わってきた側面もあると思います。ヤマシタ先生も良い変化を感じることはありますか?
ヤマシタ:まだまだ発信すること自体にリスクがあるのが怖いし悲しいですが、発信するという行為自体が珍しいものではなくなりつつありますよね。それってすごいことなんじゃないかと思います。それこそ10年前はジェンダーの問題が議論になること自体が少なかったですよね。私自身も10年前はそこまで意識的だったかと言われるとそうではないし、苦しさを言語化できずにいたり、自分が加害側に回っていたことも多くあったと思います。
――そこからヤマシタ先生がフェミニズムについて意識されるようになったきっかけは何だったんでしょうか。
ヤマシタ:海外ドラマを見始めたことが大きいかもしれません。洋画や海外ドラマ好きのコミュニティや作品の中で扱われるテーマや議論、海外の俳優が差別や政治について言及したりしているのを見て私も少しずつ意識したり、自分の経験を振り返るようになりました。
――ジェンダーギャップ指数を見ても海外に比べると日本は男女平等の面で遅れをとっているので、なかなか進まない議論にもどかしさを感じている方も多いと思います。
ヤマシタ:5年後、10年後の日本がどうなっているのかは想像もつかないですよね。ただ「#KuToo運動」はテレビで取り上げられるほど大きなムーブメントになったので、それは嬉しい驚きでもありました。何事も日進月歩だなと思います。私もずっと模索中だし、もしも7巻を読んで今まで無視してきた自分の苦しみにふと気づいてくれる人がいたら嬉しいです。
――エンタメ作品のあり方も数年前とは大きく変わってきて、『違国日記』もそうですが価値観を広げてくれるような作品が増えてきたことも私たちの意識の変化に繋がったと思うんです。ヤマシタ先生が出会ってきた作品の中で、自分に気づきを与えてくれたものはありましたか?
ヤマシタ:4年くらい前に読んだマーガレット・アトウッドの『侍女の物語』は大きかったですね。『侍女の物語』は女性差別が徹底されたディストピアが舞台なんですが、そこで行われていることは舞台を変えただけで、私たちの世界と一緒なんです。なにより驚くべきなのは、1985年に書かれた小説が30年経った今でもなんらリアリティを失わずに私たちの今生きる世界と重ねて読めてしまうということ。衝撃でした。
――何だか悲しいですね。
ヤマシタ:でも女性に選挙権がなかった70年前を思うと少しは変わったのかなと思ったり、一方で友達の子どもを見ていると、この子が成人する頃にもきっとまだ苦しい現実は終わっていない。さらに言うとその子どもが生まれたとして、その子が成人する頃にも終わっていない可能性はあるよなって思うと気が遠くなりますね。でも今私が「口うるさいマンガ」を描くことで誰かの心に波を立てることくらいはできるかもと思っています。
自分の中に眠る“まだ気づいていない偏見”
――ヤマシタ先生のその気持ちは、7巻で朝が抱く“ある小さな行動”で世界を変えたい、誰か一人でいいから伝わってほしいという思いと重なる部分があります。
ヤマシタ:私の気持ちはもっと暴力的ですけどね(笑)。私にとっての希望のひとつの形を、物語の中の「最大公約数」のキャラクターである朝に託してみました。
――ただ、どんなに意識していてもまだ気づいていない偏見が自分の中に眠っていて、なかなか指摘されずにそのまま……ということもあると思うんです。そういったことにヤマシタ先生はどう向き合っていらっしゃいますか?
ヤマシタ:私もよく「こういうことに苦しんでいる人がいるとは知らなかった、見えていなかった」と思って反省します。例えばSNSをやっているなら、普段から「自分が差別的なことを口にした時はためらわずに指摘してほしい」というスタンスを表明しておくというのはどうでしょうか。実際友達が「それはちょっと偏見だよね」と指摘してくれることもありました。視点の多さが大事で、切磋琢磨だなと思います。「こいつ面倒くさいな」って思われておくこと、面倒くさい友達がいることが大事(笑)。
――指摘された時に、受け止める力も必要ですよね。4巻で朝が「なんでこんなこともできないの?」という言葉で槙生を傷つけてしまい、謝るよりも先に「こんなことで傷つく方がおかしい」と言ってしまう場面がありますが、性別に限らず自分の中にある偏見を指摘された時に、素直に謝るためにはどうしたら良いのでしょうか。
ヤマシタ:これも私はずっと考えていてずっと描いているテーマではあるんですが、「自分を善人と思わない」ことですかね。私は自分が善人ではないと思っていて、だからこそ気をつけていなければいけない、無防備でいたら簡単に悪いことをしてしまうし、「悪気はなかった」という言い訳をしてしまうだろうという危機感を常に抱いています。自分のことを善良な人間だと思っていると、「自分は悪いことなんてするわけない、そんなつもりじゃない」と言ってしまうのかなと。
――最後に、7巻を読んだ方にメッセージをお願いします!
ヤマシタ:ごちゃごちゃ考えて描いてはいますが、根本は「楽しんで読んでもらいたい、ひとときの読書体験を提供できたら嬉しい」という気持ちです。楽しく読んでもらえたら嬉しいです!
■書籍情報
『違国日記』7巻(フィールコミックス FCswing)
著者:ヤマシタトモコ
出版社:祥伝社
発売日:2021年2月8日
価格:本体720円+税
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