『キノの旅』時雨沢恵×黒星紅白コンビの新シリーズに注目! 『レイの世界』がもたらす驚きの体験とは?

 レイが訪れる世界は、普通のミュージックフェスが開かれるような世界とは違っていた。レイの歌に聴衆が苦しんだという世界は、人類が化け物と戦争をしていていて、レイが歌うと体質に合わないのか、化け物たちが苦しんで戦力が削がれるようになっていた。歌を聞いた異星人が「デカルチャー!」と感動し、戦意を喪失する「マクロス」シリーズとは正反対の効果を、仕事に燃える新人歌手のレイに与え、悔しがらせる展開が面白い。

 音楽イベントが開かれていた小さな町が存在した世界は、隕石が落下して地球ごと消滅する運命にあった。最後の一日を楽しく過ごしたいと音楽イベントが企画されたが、有名芸能人は国家的なイベントにかり出され、そうでない人は大事な人と最後の時を過ごしていた。そんな状況でも来てくれたから、町民はレイを大歓迎した。

 もっとも、そこでレイが死んでしまってはエピソードが続かない。行った先の世界で死んでも、レイは元いた世界に元の格好で戻ってこられる。そんな条件が課された上で、『レイの世界 ―Re:I― Another World Tour』の各エピソードは組み立てられている。

 『キノの旅』は、人間のキノと、喋るモトラド(二輪車。空を飛ばないものだけを指す)のエルメスが、滞在するのは3日間だけという条件で、様々な国を巡るシリーズだった。少数民族を虐殺し合って勝敗を競う2国や、民主主義を貫こうとすべてを多数決に委ねた挙げ句、国民が1人だけになってしまった国のエピソードを通して、人間のおぞましさや愚かしさを描いてきた。社会派とも寓話的とも言える内容で、読む人の心をざわつかせてきた。

 『レイの世界 ―Re:I― Another World Tour』は、死んでも大丈夫だというレイの特徴と、新人ながらも芸能人として持つ歌唱や演技の能力が、どのような世界でどういった風に発揮されるのかを楽しんでいける連作シリーズとなっている。

 第一話ではそれが、滅亡に臨む人間の心を癒やし、第五話では、感情といったものをまるで見せなかった10万人もの人間の心を溶かした。その目的が非人道的だとしても。そういう点では、『キノの旅』シリーズと同様に、人間や社会が持つ矛盾をえぐる寓話的な作品だとも言えそう。

 第四話の映画での毒死は、巨匠監督がどうしても人が死ぬ様を撮りたいと願ったもので、レイにしかできないからと因幡が引き受けた。真実の映像を残したいというクリエイターならではの本能なのか、単に人が死ぬ様を見たかっただけなのか。どちらであっても、人の心に潜む闇が浮かび上がる。

 こうしたエピソードを成立させる設定が、世界を移動しているから存在するのか、それともレイ自身に起因するのかが気になるところ。66回ものレイの演技によって、凍り付かせていた心を溶かすことができた大女優が、レイを“光”だと讃えたのに対して、因幡が違うと答えた意味から、その正体を推測したくなるが、今は積み上げられていくエピソードの上で、レイがどんな活躍を見せて、それによって何が起こるかを追っていくのがよさそうだ。

■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。

■書籍情報
『レイの世界 ―Re:I― 1 Another World Tour』
著者:時雨沢恵一
イラスト:黒星紅白
出版社:KADOKAWA(IIV)
公式サイト

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