「動物園は、いつの時代も社会の縮図」 文化史研究者が語る、“動物の権利”の歴史
意識をアップデートするために必要なこと
――そうすると、私たち一人ひとりが動物に対する知識、意識を身に付けることが大切と言えますね。どうすれば、アップデートされていくと思いますか?
溝井:いろいろな人が発信して、動物園がそれを汲み取っていくという、循環が必要になるでしょうね。だからこそ、私も動物園の部外者ではありますが、書籍というかたちで発信していますし、動物園の人たちもさまざまな情報を発信している。ただ、一方通行ではダメで、発信を受けた人たちが動物園に見に来て、またいろいろな疑問をぶつけていくことで、双方向なものになっていくのではないでしょうか。
――本書にも書いてありましたが、動物園は必要ないと感じる人が一定数います。むやみに動物を増やすことには確かに疑問を感じますが、異国にいる動物を身近に感じて、その匂いや大きさなどが体験できる動物園はすごく貴重な場であるとも言えます。これからの人と動物園の関係性は、どうなっていけばいいと思いますか?
溝井:非常に難しいですね。シビアな言い方をすると、動物園や水族館は病院のように、絶対社会に存在していなければいけないものではない。……こんな言い方をすると、動物園を研究している私自身に跳ね返ってきそうで恐ろしいですが、だからこそ動物園は誕生時からずっと、自分たちの存在意義をアピールしていなければならなかった。戦争に協力した過去があるのも、そういう一面からなのですね。
動物園の存在というのはもともと非常に不安定で、大多数の人たちが動物園あるいは動物についてどう考えるかによって、未来が方向づけられるものなのです。例えば私は毎年、大学の講義のあとの学生たちに質問をします。今後、動物園は必要か、存在するとしたらどういう姿が望ましいかを書いてもらうのですが、年々動物園はなくてもいいという意見が増えています。ただ、すぐになくなってしまえばいいというわけでもない。それに、全員が動物福祉は必要だと答えます。だから、動物園の存在意義とは何かという問題は考え続けていくべきではないでしょうか。動物園という空間にしかない価値はあるはずで、デジタルで代用するのは難しいように思います。
――デジタルでの代用だけになってしまうと、先ほど話されていたように、自然とは異なる人間の理想型だけで満足してしまうようになるかもしれないですよね。
溝井:そうですね。今後取るべき道はとにかく動物福祉を手厚くして、個体数を多くしないこと。また、動物が精一杯、輝くような魅力的な展示法を取るべきでしょう。本書で紹介しているアメリカのウッドランド・パーク動物園は見事です。また、ヨーロッパとアメリカの動物園をまわって感じたのは、園内を歩いているだけで楽しいということ。動物のいる環境をただ歩いているだけですごく満たされた気分になるほど、緑が豊富で瑞々しい。個人的な意見を言うと、園内に緑を増やしていくことが大事でしょうね。大阪の天王寺動物園はその取り組みが顕著で、てんしばゲートから入ると緑がどんどん押し出してくるような感覚に浸れます。メインとなる展示も非常に優れている最新型の動物園でありながら、歴史にもアクセスできて奥行きがあるのでおすすめです。
溝井氏に聞くおすすめの動物園
――国内でほかにおすすめの動物園はありますか?
溝井:関東だと、よこはま動物園ズーラシアは体験型施設で興味深いですね。天王寺動物園のように、人間の視線を感じさせない展示方法をとっていることも重要です。見るという行為は支配することとリンクしていて、見られる側というのは支配される側でもあります。ですから、動物が隠れたい時には隠れられるようにしたり、動物が気づかないところからこっそり覗き見できる展示がある動物園はいいですよね。山口県のときわ動物園は、熱心に新しい展示に取り組んでいる未来型の動物園なので、ここもおすすめです。
――本書は動物や動物園が好きな人にとってすごく興味深い一冊ですが、そのほか読んでいただきたい方々はいますか?
溝井:コロナ禍でもありますので、日常を離れて過去のワクワクするようなエピソードに触れたい、冒険をするような感覚で旅立ちたいと思っている方に読んでいただければ大きな喜びです。戦争の話も出てきますが、全体としては楽しく読んでいただけるのではないかと思っています。冒険小説が好きな方、あるいは歴史全般に興味がある方にも読んでいただけると嬉しいです。
■図版出典一覧
1. 著者撮影
2. DʼAveline. ʻBackyard of the Royal Menagerie of Versailles during the Reign
of Louis XIV, 1643- 1715.ʼ Wikimedia Commons. 17 October 2020 <https:// commons.wikimedia.org/wiki/Category:Ménagerie_de_Versailles#/media/ File:Versailles_M2.JPG>.
3. 著者撮影
4.秋山正美『動物園の昭和史― おじさん、なぜライオンを殺した
の― 戦火に葬られた動物たち』データハウス、1995年、246ページ
5.〜8. 著者撮影
■書籍情報
『動物園・その歴史と冒険』
著者:溝井裕一
出版社:中央公論新社
発売日:発売中
定価:920円(税別)