『ドカベン』ファンを泣かせた”感動の名場面”とは? プレイに込められたドラマ3選

 水島新司氏の代表作で、野球漫画の王道的存在『ドカベン』。その内容は多くの野球ファンを熱狂させ、現在も高い人気を持つ。『ドカベン』が広く愛されている理由に、野球を通して見せる「感動」がある。今回はそんな「感動的な場面」を振り返ってみたい。

北満男の決勝タイムリー

 山田太郎が1年生の夏、明訓高校は初戦で豪腕・坂田三吉率いる通天閣高校と対戦。試合は明訓高校が1点リードで9回裏に入り、あと1人の場面で通天閣の主砲・坂田三吉が打席に入る。

 緊張感をほぐすため山田はタイムを取り、大あくび。これがナインに伝染し、リラックスムードに。しかし一塁を守る土井垣将だけは、緊張感を隠せない顔を浮かべていた。そして投手里中智の投じたボールを、坂田はマウンド付近に高く打ち上げる。

 これは坂田が得意とする「通天閣打法」。通天閣のように高く打球を上げ、ランニングホームランを狙うのだ。ただの凡フライにも思えたが、地面に近づくに連れ打球が変化していく。「俺が捕る」と叫んでキャッチに向かったのは唯一リラックスしなかった土井垣だ。

 土井垣はボールの変化についていけず、「ああ~」と言いながらファーストミットに当て落としてしまう。そのボールが転々とする間に、坂田がホームイン。ランニングホームランで追いつかれてしまい、延長戦へと入る。

 延長10回表、一打勝ち越しの場面で打席に入るのは、北満男。大会前、病弱な妹のために活躍を誓っていた北は、ナメてかかる坂田の速球に食らいつき、ファールで粘る。すると北の耳に「おにいちゃん」と叫ぶ声が。必死に声の主を探すと、バックネットに病気だったはずの妹、妙子と母を発見する。

 この姿に燃えた北はさらにファールで粘ると、坂田の投じた速球をセンター前へ弾き返すタイムリーヒット。これが決勝点となり、明訓高校は通天閣高校を下した。(14巻より)

 甲子園で数多くの勝ち星を記録している明訓高校だが、初勝利は山田太郎や岩鬼正美といった主力メンバーではなく、脇役・北満男のバットだった。決して野球能力が高いとはいえない彼が、妹のために必死に喰らいつき、決勝点を叩き出したことに感動する読者は多く、『ドカベン』の名場面として語り継がれている。

殿馬のサヨナラホームラン

 山田が2年生だった春のセンバツ高校野球決勝戦、明訓高校対土佐丸高校戦は両者の意地がぶつかりあった大接戦になる。

 明訓高校が1点ビハインドの9回裏、行方不明になっていた幼少時の世話係「おつる」をスタンドに発見した岩鬼が、グリグリ眼鏡をかけて打席に入りタイムリーを放ち、同点に追いつき延長戦へ。

 延長に入ると明訓高校は主砲・山田が土佐丸の犬神からデットボールを受け右腕に力が入らなくなってしまう大ピンチ。さらに里中も試合中突き指をしながらも、痛みを堪えて投げたことにより、肘が悲鳴を上げてしまい、かなり苦しい状況へと追い込まれる。

 12回表、里中が投手生命をかけて投げ込んだボールを、土佐丸の主砲・犬飼武蔵がレフトスタンドへホームラン。その後のピンチは殿馬のファインプレーで無失点に抑えたが、明訓高校は1点を勝ち越され、敗北の危機を迎えてしまった。

 負けられない明訓高校はその裏、いつもならホームランを狙う打席で岩鬼がふらつき、デットボールを勝ち取って1塁へと出塁する。

 ここで打席に入るのは殿馬一人。アナウンサーの「天才児・殿馬くんの登場です」というフレーズを聞くと、殿馬は中学時代を回想する。当時ピアニストを目指していた殿馬は、そのセンスを高く評価されていたのだ。

 コンクール出場を目指した殿馬だったが、課題曲ショパンの「別れ」で、指の短さから届かない部分があり、ライバル北大路にコンクール出場を譲ってしまう。その後殿馬は嫌がる医者にしつこく頼み込み、指の股を広げる手術を行う。そして握力を鍛え元に戻した殿馬は、コンクール当日に中学時代の音楽室に現れ、「別れ」を演奏してみせる。その音色は、音楽教師が「日本一」と認めるものだった。

 それに加え、鷹丘中学で山田太郎に魅せられ野球に転向したことを思い出す殿馬。敗色濃厚の場面で打席に入ると、投手に背を向けながら、右バッターボックスの外側に立つ。土佐丸の投手、犬飼武蔵はボールを身体から離れたアウトコースに投じる。「これではバットが届かない」と思った瞬間、殿馬はベンチ裏でバット職人に作らせ隠し持っていた長いバットを出し、ライトへ流し打ち。するとボールはライトラッキーゾーンへと飛んでいく。

 ライトの犬神が懸命に追い、ラッキーゾーンに入ったボールを捕るも、そのまま身体も落ちてしまい、サヨナラ2ランホームラン。殿馬はこれを「秘打・円舞曲別れ」と名付け、明訓高校が春のセンバツを制した(31巻)。

 この31巻では土佐丸高校との死闘を通じて、明訓四天王の山田太郎、岩鬼正美、里中智、殿馬一人がそれぞれの忌まわしい過去を思い出す展開になっている。そして最後に殿馬が「円舞曲別れ」でサヨナラホームランを放ち明訓に勝利をもたらすことで、過去にも別れを告げたのだ。

 それぞれの悲しい過去と、それを乗り越え「別れ」を告げたうえで優勝するストーリーに感動する読者も多かったのではないだろうか。

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