アニメの“作画崩壊”はなぜ起こる? 『罪の声』作者が描くアニメ業界の現在地

塩田武士『罪の声』

 グリコ・森永事件を題材にした小説『罪の声』が映画化され、10月30日に公開となる塩田武士。綿密な取材で定評のある作者が、新たな題材にアニメーション業界を選んだ『デルタの羊』(KADOKAWA)もまた、アニメ作りの現場を揺るがす配信サービスの台頭やチャイナリスク、やりがい搾取といった問題を活写している。そして同時に、夢を諦めないで挑み続けたことで得られる、喜びの素晴らしさもたっぷりと描かれ、辛くても苦しくてもアニメ作りの現場に足を踏み入れてみたいと思わせる。

冲方丁『マルドゥック・スクランブル』

 冲方丁の小説『マルドゥック・スクランブル』が、アニメ映画化され劇場公開されたのが2010年11月のこと。ちょうど10年前になるが、それより5年前に1度、オリジナルビデオ作品としてアニメ化が発表されていた。村田蓮爾がデザインした、独特の丸みをおびた容姿のヒロインがファンの関心を誘ったが、企画は潰れ、膝を抱えてうずくまったヒロインのビジュアルだけが残された。

 5年経って、『マルドゥック・スクランブル』のアニメ化企画は別の会社で復活したが、そこに至るまでにどれだけの人の悲しみが渦巻き、怒りが吹き上がり、喜びがあふれ出たことだろう。1本のアニメが企画され、作られて放送なり上映されるまでには、外部からはうかがい知れない長い階段が伸び、厚い壁が立ちふさがる。

 それなら、アニメの『SHIROBAKO』で見たという人が、今なら大勢いそうだ。アニメスタジオの新人制作進行が、アニメーターや監督、脚本家たちの間を駆け回り、作品を完成させようと奮闘する内容で、監督のこだわりや原作者の思惑などによって制作が滞りながらも、不眠不休で走り続ける制作現場の大変さが露わにされた。

 『おじゃる丸』の大地丙太郎監督にも、『アニメーション制作進行くろみちゃん』というOVA作品があって、『SHIROBAKO』と同様に女性の新人制作進行が苦闘する様子が描かれていた。休めない上に給料は安いブラックな労働環境にありながら、アニメが大好きだという“思い”が集まって、世界に冠たる日本のアニメは作られている。そんな様子をアニメで描くという、自虐的な作品たちだった。同時に、どれだけ分厚い壁でも、現場が頑張れば突破できるという可能性を、見せてくれたともいえる。

 それなら、どうして『マルドゥック・スクランブル』のように消えてしまう企画があるのか? そこには「制作」だけではなく、主にお金を中心にした「製作」の問題が横たわっていて、進みたい気持ちをせき止める。塩田武士が『デルタの羊』で取り上げたのがこの、アニメの世界をクリエイティブとは別の「お金」という角度から動かしている、「製作」という面だ。

 ソフトメーカー「東洋館」に勤めるプロデューサーの渡瀬智哉は、中学1年の時に読んだファンタジー作品『アルカディアの翼』をいつかアニメ化したいと心に決め、3年かけて原作者を口説いてようやくアニメ化の許可を取り付けた。もっとも、渡瀬ひとりが願ってもアニメは作れない。大きなお金が必要だ。幸いにして中国市場が日本のアニメ作品を積極的に買い付けていて、日本とは比べものにならない収入が見込まれた。機は熟し、ゴーサインが出ていよいよ討ち入りという矢先に、中国が外国からの買い付けを絞るかもしれないという噂が出た。チャイナ・ショックだ。

 現実のアニメ業界でも、レギュレーションが突然変わり、中国からのお金が当てにできなくなる事態が起こっている。ならばと目先を変えて、渡瀬のような熱い原作ファンや参加クリエイターのファンに、特典を増やしたBlu-RayやDVDを買ってもらおうとしたところに大事件が起こって、『アルカディアの翼』の企画も、渡瀬の立場も大きく揺らぐ。中国頼みの資金繰りや、配信に押されたパッケージの低迷など、日本のアニメ業界が置かれた厳しい状況をしっかり盛り込んだ展開は、さすが『罪の声』の作者といったところだ。

 物語は、渡瀬が奔走するエピソードと併行して、「制作」現場が舞台となったエピソードも走って行く。警察官からアニメーターになった文月隼人が、『トータル・レポート』という、アニメ業界で起こったある事件を描くドキュメンタリー・アニメの制作に誘われる。

 こちらにも、中国製ゲームアプリ向けキャラクターをデザインすれば、日本で何十カットも原画を描くより多い報酬がもらえるという、アニメ業界"あるある"話が登場する。寝る間も惜しんで原画を集めて回る制作進行の仕事のブラックさなど、日本のアニメ業界が「やりがい搾取」の場と言われている実情も語られた果てに、『トータル・レポート』にも『アルカディアの翼』と同様の壁が立ちふさがる。

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