『チェンソーマン』はなにが「恐ろしい」のか? 巧みな恐怖の描き方を考察

※この記事は『チェンソーマン』コミックス8巻とその直後の1話(第71話)のネタバレを含みます。逆に言えば「マキマさんの正体」や「デンジが次に戦う敵」といった情報はこの記事を読んでもわかりません。

 『鬼滅の刃』の連載が完結した今、存在感を増している『週刊少年ジャンプ』のバトル漫画といえば『呪術廻戦』と『チェンソーマン』だろう。

 『呪術廻戦』は連載開始から2年半、『チェンソーマン』は1年半ほどの期間を経ているが、2020年10月にアニメ放送を迎えた『呪術廻戦』に対し、『チェンソーマン』は最新刊にあたるコミックス8巻以降の急展開が特に注目され、ネット上の作品語りを盛り上げている。

『呪術廻戦』1巻

 そして『呪術廻戦』は「人間の負の感情」から生まれる「呪い」を、『チェンソーマン』は「人間の恐怖」を司る「悪魔」をそれぞれ主題にすることで、今の少年ジャンプのダーク・ファンタジー路線を象徴する2作にもなっている。

 類似したテーマのようでいて、例えば『呪術廻戦』の芥見下々が久保帯人(『BLEACH』など)や冨樫義博(『HUNTER×HUNTER』など)へのリスペクトを隠さない、生粋の「ジャンプっ子」だと感じさせるのに対し、『チェンソーマン』の藤本タツキが影響を語る作家は沙村広明や弐瓶勉や五十嵐大介だという面でも作風がとても対照的であって、読者を飽きさせることはない。

 そこで今回は、その『チェンソーマン』における独特な「恐怖」の描き方について切り込んでみたいと思う。

『チェンソーマン』におけるホラー映画の重要さ

 数多く登場する『チェンソーマン』の「悪魔」を語るなら外せないのが、ホラー映画へのオマージュだ。

 そもそもチェーンソーとは日本で「デンノコ」と呼ばれるように、電動ノコギリ……伐採や木材加工の「道具」にすぎないのだ。残酷な事件で用いられたケースも現実にあるにはあるが、この道具に「殺人凶器」としての王座を授けたのはスプラッター映画だろう。

『悪魔のいけにえ』DVDパッケージ

 特に1994年の映画『悪魔のいけにえ』の原題が「ザ・テキサス・チェーンソー・マサカー(Massacre=大虐殺)」であった。ここから「殺人鬼といえばチェーンソー」のイメージが確立され、そのタイトルを借用した『ドイツチェーンソー 大量虐殺』(英題はザ・ジャーマン・チェーンソー・マサカー)というドイツ映画にもカルト的な知名度がある。

 何より、「悪魔を狩る悪魔」であるチェンソーの悪魔のネタ元として『悪魔のいけにえ』という邦題は絶妙すぎるだろう。そして『チェンソーマン』は第1話からして、細かいホラー映画ネタが散りばめられているのだ。

 「ゾンビの悪魔」はゾンビ映画から……で分かりやすいのだが、そもそも私たちがイメージするような「ゾンビ」は映画で生み出されたものだ。語源としてはハイチ共和国の民間信仰に由来するが、ゾンビは「ホラー映画ありき」の怪物なのである。

 そして、主人公のデンジが第1話の登場時に退治したのが「トマトの悪魔」だったが、なぜトマト? と首を傾げる人も多いだろう。確かに、味が苦手な人も多い野菜だけど……と、いう理由ではなく、おそらく『アタック・オブ・ザ・キラー・トマト』という、これまたカルト的に名を知られるホラー映画へのオマージュだと思われる。

 巨大化したトマトが突然人を襲い始めるという、突飛な内容なのだが、世の中にはコンドームが人を襲う『キラーコンドーム』というホラー映画もあるのだ。だから、どこかに「コンドームの悪魔」も存在しているかもしれない(少年誌の漫画だが……?)。

 「ホラー映画」というと幅の広いジャンルだが、「恐怖を描く」という意味ではスプラッターものに限らず、バイオレンス映画、モンスター・パニック映画、ディザスター(自然災害)映画などが悪魔たちのパロディ対象になっているようだ。

 「銃」「刀」「爆弾」などの凶器系や、「血」「暴力」「呪い」などの一般的なキーワードはネタ元を特定しにくいが、第50話「シャークネード」で出現した「チェンソー&サメ&台風の悪魔」のコラボレーションは具体的に『シャークネード6 ラスト・チェーンソー』という映画のタイトルにぶち当たる。

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 「台風はトルネード(竜巻)じゃないぞ」、というツッコミ所はあるのだが、竜巻や暴風は『ハリケーン』(1937年)、『ツイスター』(1996年)、『乱気流/タービュランス』(1997年)、『イントゥ・ザ・ストーム』(2014年)など、ディザスター映画の定番モチーフだ。

 ほとんどコメディではあるのだが「モンスター+自然災害+チェーンソー」を合体させた『シャークネード』の引用は、なんでもアリな『チェンソーマン』の作風をよく表してもいる。ちなみに、「宇宙の悪魔」であるコスモの口癖が「ハロウィン!」なのも、現代のハロウィーン祭がホラーと関係深いだけでなく、「スプラッター映画の金字塔」と名高いジョン・カーペンター監督の『ハロウィン』(1978年)もネタ元に含んでいるからかもしれない。

 さて、作者のホラー全般に対する造詣の深さが窺えるのは、こうしたパロディのセンスだけではない。それは「恐怖というものをいかに表現するか」という難問に関わってくるのだ。

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