『異世界迷宮でハーレムを』はいかにして「なろう」の古典となったか?

そこにある初々しさとは何だったのか?

 『異世界迷宮でハーレムを』はその渦中で生まれたクラシックであり、カノンのひとつだ。

 異世界で「本物の人間を殺してしまった」と気づいたときのなんともいえない気持ち、女奴隷を手に入れて初めての夜を迎えたときの高揚感、未知のダンジョンを慎重に探索しながら味わう緊張感、冒険の拠点として買った家を自分好みの空間に整えていく楽しさ……そのすべてに初々しさがある。

 それは見知らぬ異世界に転移した主人公が体験していくものであると同時に、連載初期、あるいは書籍化初期に読者が感じていた、「なろう」発の異世界転生・転移ものの勢いに対する新鮮さと期待をパラフレーズしたものでもあったと個人的には思っている。

 本作の“セックスと冒険のある「日常もの」”ぶり、歩みのゆっくりさ、レベル1から始まり一気に状況や能力が変化することはなく一歩一歩描く丁寧さは、今ではまったく珍しいものではない。

 しかし2000年代後半以降の展開の激しい紙のラノベに慣れた筆者にとっては、なろうで人気を博していた本作のようなタイプの作品は、当時の「売れるラノベ」のセオリーから大きく外れていると感じた。

 だが2012年当時、ウェブ小説が書籍化されたときに定番だった四六判ソフトカバーではなく、同年9月に創刊されたヒーロー文庫から「ウェブ小説書籍化」というより外形的に「ライトノベル」の「文庫」として12月に書籍化された本作がほかのヒーロー文庫作品同様ヒットしたことで、時代の変化、ラノベ市場の変化を認識させられた作品のひとつだった。

■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。

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