ハイヒールを履いた僧侶・西村宏堂が語る、LGBTQと仏教 「大切なのは“みんな平等に救われる”と伝えること」

 ミス・ユニバース世界大会をはじめ、世界中で活躍するメイクアップアーティストでありながら、現役の僧侶でもある西村宏堂が初の著書『正々堂々 私が好きな私で生きていいんだ』(サンマーク出版/https://amzn.to/2YNNqto)を上梓した。

 LGBTQの当事者でもある西村は自分ならではの経験を活かし、ニューヨーク国連本部UNFPA(国連人口基金)やイェール大学での講演、Netflixの大人気番組『クィア・アイ in Japan!』への出演など、多岐にわたる活躍をしている。

 今でこそ、二足のわらじならぬ、ハイヒールと草履を華麗に履きこなす西村だが、かつてはセクシュアリティをはじめ「本当の自分」を押し殺し、また仏教にも不信感を持っていたという。「人生の半分以上は、モノトーンの谷底暮らし」だったという西村は、なぜ今、自身のユニークさに胸を張ることができるようになったのか、その理由を聞いた。(六原ちず)

LBGTQ当事者だけど、LBGTQのどれにも当てはまらない自分

――東京のお寺で生まれた西村さんですが、どのような子ども時代を過ごしたのですか?

西村宏堂(以下、西村):特撮テレビドラマの『有言実行三姉妹シュシュトリアン』や『美少女戦士セーラームーン』が大好きな子供でした。うちはお寺なので風呂敷が家にいっぱいありました。その風呂敷を体に巻いてドレスにしたり、ピンクの風呂敷を頭に巻いて長い髪にしたり、母のミキモトのパールのイヤリングをつけたりとおしゃれすることが大好きでした。12歳の時に、洗面所とお風呂場に鍵をかけて、母のシャネルのアイシャドウを顔に塗って、誰にも見られないまま、お風呂に入って流した。それが、私のはじめてのメイクでしたね。

――小学校に入って男女の違いがはっきり分かれるようになってから、西村さんの中で変化が起こりだしたと著書に書かれていました。今の小学生を見ていると、ランドセルのカラーバリエーションは増え、女の子は様々な色のランドセルを背負ってるのに、男の子はみんな黒。まだまだ世間的に身に着けにくい色があったり、そもそも男の子向けの選択肢が少ないのかな、と感じたりします。

西村:私がランドセルの売り場に行った時は、「黄色があればいいな」と思ったんです。赤も黒も嫌だったので。でも黄色はなくて、しかたなくちょっと灰色っぽい黒のランドセルを選びました。学校に入学したら、紫のランドセルの子がいて、「ああ、いいな」と思いましたね。

――いわゆる「女の子っぽい」といわれがちな色のお洋服を着たことは?

西村:両親に「着ちゃダメよ」と言われたことはないんですけど、自分がからかわれるのが嫌であまり着ていませんでした。その代わり、あえて中性的なオーバーオールを身に着けたり、髪の毛を伸ばしたりしていましたね。

――子供時代、西村さんのセクシュアリティに関連してからかってくる子はいましたか?

西村:「西ちゃんって男の子の友達いるの?」とか、「西村あいつオカマでしょ」という声を聞いてしまったこととか、「宏堂くんって、女の子みたいな走り方するよね」とか、そういうことを言われたことがありました。そういう言葉を聞くと、「そうなっちゃいけないんだ」と思ってしまった。「ね、美しいでしょ」と私が言い返せればよかったんだけど、当時はまだそう言えなかったので、「そういうふうに見えないように」って自分らしさを押し殺すようにしていました。

――ご両親になかなかカミングアウトをできなかった理由として、子供のころに言われた両親の言葉を、女の子っぽくすることはいけないことなのだと誤解していたから……と書かれていましたが、まだ幼かった西村さんがそうやって“誤解”してしまうような背景が社会にあったのではと感じました。

西村:やっぱりテレビのバラエティー番組の影響でしょうか。今でも目にするのですが、女性的なふるまいをする男性に「オネエかよ」とか「そっち系」とかいう言葉が投げかけられ、あたかも“それではいけない”かのように、気持ち悪いものとして表現されていることが多い。そういう影響もあって、学校でもあざ笑うような表現をぶつけられ、私は自分らしくいられなくなっていった。「なんか気持ち悪い」というふうに同級生に思われることが、当時はすごく怖かったです。

―― 一方で、ロマコメ映画における“ゲイの親友”キャラのように、LGBTQはヘテロセクシュアルにとって、おとぎ話の魔法使いのおばあさんのように都合の良い存在であるべきだというステレオタイプな消費のされ方もありますよね。

西村:そうですね。トランスジェンダーなんだから、多くの人がイメージする女性らしさ・男性らしさを目指さなきゃだとか、セクシュアリティ内でのイメージが「そうならなければならない」ものとして、それぞれの人の個性を無視してしまうのは、すごく残念なことだと思います。

 私はその人らしくグレードアップしていければいいなと思うし、ストレートの人も女性だから/男性だから“みんなこう!”というのはないじゃないですか。様々なLGBTQのアイコンが増えていけば、ステレオタイプにとらわれるのではなく、どんな風にもなれるんだっていうオプション(選択肢)が増えていくと思います。私はお坊さんであり、メイクアップアーティストであり、同性愛者なのであって、別に“オネエ言葉”を使っているつもりはないし、スパイシーであるつもりもありません。だから、型にはめず、「こういう人もいるんだね」って言ってもらうことが、すごく嬉しいですね。

――西村さんは、「LGBTQフレンドリー」と銘打ったメイクアップセミナーもされていますね。

西村:5年くらい前からやっています。トランスジェンダー限定とかLGBTQ限定としてしまうと、「ストレート限定」といっているのと同じ。私はそういった表現はすごく危険だなあと思うんですね。だから、「フレンドリー」という言葉を使って、「どんな方でも来ていただけますよ」という意味を込めました。

――セミナーはどんな内容なのですか?

西村:男性の体に生まれたトランスジェンダー女性の方は、骨格が角ばっていたり、鼻が大きかったり、眉毛がしっかりしているという特徴がある。それを、たとえば眉毛を細めにして、形は丸く、薄いブラウンで描くと柔らかく見えますよ、というように印象の変え方をお伝えしています。

 私は「こうしたらもっと“女性らしく”見えますよ」とは言いません。素敵な女性のあり方や姿はひとつではなく無限ですから、“らしく”という言葉は必要ない。「こうしたらもっと美しく見えますよ、もっと柔らかく見えますよ、華やかに見えますよ、かっこよくみえますよ、凛々しく見えますよ、勇ましく見えますよ」そんなふうに、女性らしい/男性らしいではなく、性別にとらわれない表現を使って教えるようにしています。

――西村さんご自身は、著書の中で「私はLGBTQの一員だけれど、LGBTQのどのカテゴリーにも属さない」と書かれていますね。

西村:私、昔は自分をゲイだと思ってたんです。でもゲイは性自認が男性で、男性を好きになる人のこと。私は自身を男性でも女性でもないと思っているのでゲイというのは正確ではない。そしてトランスジェンダーというのは自分の体に違和感のある人だけど、私は自分の体には別に違和感はない。だから、LGBTQのどれにもピタッと当てはまらないんです。しっくりくる人はいいのですが、セクシュアルマイノリティーの人をLGBTQの5つのどれかに分けるのは不可能なんですよ。

理解していないときちんと判断できない――24歳で僧侶の修行をスタート

――僧侶になることは、いつごろから意識していたのですか?

西村:お寺を継ぐつもりはまったくなくて……子どものころから「お寺継ぐの?」と訊かれるのは嫌だったし、なんでそんなことやらなきゃいけないのと、反発というか理解できない気持ちはありました。その気持ちのまま、高校卒業後アメリカに留学したのですが、通っていたパーソンズという美術大学には、ミャンマー、クウェート、コスタリカなど、それまで私にはなじみのなかった国から留学生が集まっていた。そして、それぞれの才能、味を授業で出してくるんですね。ある時、韓国人の友達が兵役につくために大学を休学して国に戻らなくてはいけなくなったのですが、そしたら彼は帰国前の最後の発表で軍服を着て腕立て伏せや点呼をとるパフォーマンスアートをしたんです。

 先生よりも上手いんじゃないかってくらい絵の才能があるのに、その勉強を中断しなければならなくなった彼。私は兵役につく彼の覚悟が胸にグサッときて、これは彼でなければできない、オリジナルのアートだと思いました。翻って自分のことを考えたとき、私のオリジナルはなんだろう、と思ったのです。それまで、私は日本人だということで華道やお雛様なんかをテーマに取り入れた作品を作っていたけれど、今ひとつ、自分でも納得できていなかった。

 私はお寺に生まれたけど、お寺を継ぐのは嫌だな、仏教なんてなんの意味があるんだろうと毛嫌いしてた。でも、見たくないものに向き合って、葛藤を経て得た成長を芸術で表現できれば、それこそが自分だけのオリジナルだと気が付いたんです。世界の舞台で戦っていくうえで、本当の自分のルーツを知って、自分が心を開かない限り、アートは人の心には届かないんだと感じました。自分にはこれが足りなかったんだな、と。

 仏教のこともちゃんと理解しなければ判断できない。だから、大学が終わったら僧侶の修行に参加してみようと思ったんです。で、参加してみたら、とても大変だったんです……。

――僧侶の修行はどうでしたか?

西村:僧侶の修行は、京都の金戒光明寺と東京の増上寺で1回2週間程度を5回、2年間かけて行います。修行では朝5時半に起きて、身支度を整えたら、仏前に読経や回向(えこう)をする朝の勤行(ごんぎょう)が6時から始まります。勤行では一時間強正座するので、足が死にました。お経を大きな声で唱えないと怒鳴られたり、少しでも間違えると最初からやり直しになったりしてしまう。やっとそれが終わったら、氷点下の京都のお寺の廊下をはだしで水拭きしなければいけない。手も赤くなってかゆくなるような冷たい水でぞうきんを絞ってタッタッタッて、まさに一休さんの世界です。

 毎日5、6回勤行をして、仏教の歴史やお経の意味などについての様々な授業を7時間受けて……といった毎日の繰り返し。食事時間は5分だけだし、足を崩すのはダメだし、休み時間といえそうなのは着替える時くらい。すっごく大変でした。

――僧侶の修行は共同生活だと聞きますが……。

西村:寝たりお風呂に入ったりも同性の修行僧と一緒なので、ハラハラしました。みんな一緒に大きい広間で寝るのですが、四方八方に誰かがいる。私は同性愛者なので、そのことで誰かに何か言われるかもしれないし、怖かった。

 ある日、お風呂上がりの脱衣所で小柄なジャイアンみたいな人が近づいてきて、「最初、お前を見た時、カマかと思ったぜ!」と言ったんです。「ああ、来たか……でも、なんでみんながパンツも穿いていないようなこんなところで言うの!?」って思いました。十代のときは本当の自分を隠して生きてきた。でもアメリカでLGBTQの人たちが活き活きと活躍し、また周囲の人たちもそれを応援する、そういった文化に触れて、自信が持てるようになった今、私はここで正々堂々と言わなければ、と思って、勇気を出して「そうだよ」と答えました。そうしたらジャイアンはとてもびっくりして、私に対して失礼な性的な質問をしてきたんです。答えたくなくて私が黙っていたら、近くにいた友人が「西村くんはニューヨークでメイクアップアーティストとして活躍しているんだよ」と助け舟を出してくれました。ジャイアンは更にびっくりしてそれ以上何も言えなくなりました。

 お風呂場から寝室に向かって歩いていると、ジャイアンが後から来て「ニューヨークでもがんばれよ!」って声をかけてきてくれて……びっくり!嬉しかった。そして彼の考えを変えることができた自分を誇りに思いました。

 このジャイアンようにLGBTQについての知識が乏しく、人に対する配慮を学ぶ機会に恵まれなかった人がいます。人々に、LGBTQついて正しい理解を持ち、尊重してもらうために、私が変わらないといけない、私が声あげないといけない。私が堂々としてなきゃいけないという責任をすごく感じました。

――仏教に対して不信感があったそうですが、その思いは修行してどのように変わっていきましたか?

西村:念仏を唱えることが、心のバランスをとることに、ものすごく有効でした。最初は「念仏なんて……」と思っていたのですが、何時間もさせられる中で、自分の心との対話がすごく進んだんです。修行中はなんでこんなところに来ちゃったんだろうとも後悔しましたが、それは誰に強制されたわけでもなく、自分で決めたこと。それに、今の自分はメイクアップアーティストとしての仕事やアメリカ在住経験などいろんな可能性があって、応援してくれる友人もいっぱいいて、恵まれていてラッキーだったんだな、という気持ちになった。過去の自分がつらかったからこそ、今は温かい気持ちになれているので、しっかり勉強して仏教で学んだことを人に伝えようと思いました。

――LBGTQ当事者であることやメイクアップアーティストであることが、仏教の修行や僧侶であることに影響を及ぼしましたか。

西村:修行中は、「メイクをしてアクセサリーをつけてハイヒールを履く私がお坊さんになっていいのかな、シンプルじゃなきゃいけないのかな」と思っていたんですけど、仏教で大事なことは、「みんなが平等に救われますよ」と伝えること。それができるならば、キラキラしたものを身に着けても問題ないことがわかりました。

 たとえば華厳経(けごんぎょう)というお経では、観音様はきらびやかな冠をつけて荘厳に着飾ってすばらしい知性と容姿と体を持っている、とある。それがなければ、人を導くことはできないし、私のような菩薩になりたいのなら着飾るべきだ、と書いてあるお経もあるんです。そういう学びを得て、仏教には私が描いていたシンプルなイメージとは真逆な教えも存在しているんだ、更に知識を増やしていけば更に心が楽になるんだな、という気付きがありました。

――浄土宗では、男女で作法に違いがあるものもあると聞いたのですが……。

西村:香炉で香を焚き、それをまたいで体を清める「触香(そっこう)」という作法があって、男性は左足から、女性は右足からと決まっているのですが、私は自分が男女どっちでもないし、男女に囚われたくない人やXジェンダーなど幅広い性の友達に質問された時、なんて答えたらいいのだろう、それに対応できないのならば、私はこの宗派を尊敬できないと思ったんです。

 それについて先生に伺ったら、「作法というのは教えのあとにできたものなんです。だから、どちらでも好きな方をやっていいし、質問されたらどちらでも好きな方をやってくださいとお伝えください」と言ってくださって、そういうふうに自由を与えてくれたところ、寛容であるところがいいなと思いました。

――仏教は決まりが厳しいと思い込んでいましたが、柔軟ですね。

西村:やはり柔軟で知識の広い方がリーダーになるべきだと思いますし、そういったリーダーのいる組織こそが、尊重されて、時代時代で躍動していくのだと思います。企業やコミュニティーも、時代錯誤な価値観から進歩できないところは、需要もなくなっていく。今の若い世代が社会の中心となるころには、必ず多様性を受け入れるので、私は未来に希望を感じています。

――著書に西村さんが参加した「ニューヨーク プライドマーチ」(世界最大規模のLGBTQの権利を啓発するパレード)で、ディズニーが「すべての家族を応援します」というメッセージを掲げて、ミッキーの形をしたレインボーカラーのシールを配っていたというエピソードがとても印象的でした。

西村:「ディズニーが来たー!」と思いましたね。だって、LGBTQに対して否定的な考えを持っている親のもとにも、ディズニー好きな子供はいっぱいいるじゃないですか。動画配信サービスの「ディズニー+」では、今年7月に、男性パートナーの存在を両親にカミングアウトするゲイ男性が主人公の短編アニメーション『Out』(邦題:「殻を破る」)が配信されました。今までディズニーにはLGBTQを題材にした作品はなかったので、時代が変わったと思いましたね。