『夢をかなえるゾウ4』は「夢」をあきらめる方法を説く 7月期月間ベストセラーを考察
VUCAの時代に仏教的な思考法が有効な理由
夢は幸せになるための手段のひとつにすぎず、囚われて苦しむのであれば手放すこともひとつの道である、とガネーシャは言う。
ガネーシャが後半で説いていくのは「人間の欲には際限がなく、それが人を苦しめる」「万物はつながっており、何かが死んでもかたちを変えてほかのものになるだけだ(だから「死」は存在しない)」といったことだ。
これらは仏教で説かれる「執着を捨てることで四苦八苦(生老病死+愛する者と別離すること、怨み憎んでいる者に会うこと、求める物が得られないこと、肉体と精神が思うがままにならないことの苦しみ)から解放される」「輪廻転生」あるいはホーリズム的な教えである(作中には釈迦も登場する。ほとんど何もしないが)。
こんな内容の本がベストセラーになること、禅に由来するマインドフルネスのメソッドの隆盛などを鑑みると、現代はますます仏教的な考えやメソッドが有効になっていることを実感する(断っておくと私は特定の宗派を信仰しているわけではない)。
執着を捨てること、禅のように過去でも未来でもなく現在に集中すること、あるいは阿弥陀信仰のように自分の力で救済がなしえるという驕りを捨てること、これらはいずれも変化が激しく、先が見えず、個人の力ではままならない事態がめまぐるしく起こるVUCAの時代を生きる上で、必要な知恵になっている――これまでも天変地異や日照りなどの天候不良、疫病の蔓延、戦乱といったどうにもできないことに巻き込まれたとき、仏教が人々の救いになってきたように。
『夢をかなえるゾウ4』は、夢に向けて情熱を燃やして生きることと、それらが困難になったときなどには夢を捨てて今を受け入れられるようにすること、このふたつの生き方を両方知って切り替えられるようにしよう、と言う。
予測できない世の中で人生を充実させ、幸せを感じるためにどんな生き方/考え方をしていけばいいのか。まさに今求められていることのヒントが詰まっている。
■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。