『すごいよ!!マサルさん』は「優しい笑い」の先駆けだったーー優れた批評性と青春漫画としての輝き
『ハチミツとクローバー』(以下、『ハチクロ』)を描いた羽海野チカは『ハチクロ』は『マサルさん』の笑いに大きな影響を受けたと語っているが、文化系サークルの心地よさを描いた青春漫画という点で、この2作は良く似ている。
特に2巻でヒゲに対して異常な思い入れのある北原ともえがセクシーコマンドー部改め、ヒゲ部(彼女が入部して以降、略称がヒゲ部に変わった)にマネージャーとして加わってからの多幸感は『ハチクロ』にも通じる甘酸っぱさがあり、連載当時は、あんな風に女の子と青春を過ごしたかったと、羨望の眼差しで読んでいた。
うすた京介の絵は細い線が多く、どのキャラもラフなタッチで描かれている。その細い線は、当時はまだまだ男臭かったジャンプの中では、スタイリッシュで中性的な雰囲気を醸し出していた。
それは同時期にジャンプで活躍していたギャグ漫画家が、つの丸、ガモウひろし、そして『幕張』の木多康昭だったことを考えると、より強く実感する。特に『幕張』は部活モノの学園ギャグ漫画という『マサルさん』と同じジャンルだったからこそ作風の違いが際立っていた。
『幕張』の笑いは『行け!稲中卓球部』(講談社)の古谷実にも通じるような下品で露悪的なもので、男子校のホモソーシャルな悪ノリ感が物語のベースにあった。対して『マサルさん』の男女が対等で仲が良いユートピア的世界は、今流行っているお笑い第七世代の特徴とされる「人を傷つけない優しい笑い」を先駆けて描いてくれたとも感じる。
もちろんこれは当時の他のジャンプ漫画と比べてであり、本作自体は下ネタも多く、スクールカーストを意識させるシニカルな描写も少なくない。その意味でメソ…の中に不気味なものが潜んでいるように、うすたの中にも『幕張』的なものは内在しており、それをかわいい絵とギャグで、うまく隠していたのだと今読むとよくわかる。
この思わせぶりな雰囲気も含めて、90年代のある瞬間を確実に切り取っていたギャグ漫画である。
■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。
■書籍情報
『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』
著者:うすた京介
出版社:集英社
ジャンプ+(3話無料配信)