尾崎世界観が語る、人からの影響とコロナ禍の音楽活動 「今はいらないものに気づく時間」
『バンド』『祐介』、最新小説「サクラ」について
――昨年10月には、クリープハイプのメンバーそれぞれへのインタビューをまとめた『バンド』(ミシマ社)という本が出ました。ドラム、ベース、ギター、ボーカルの順という珍しい構成。音楽誌だと一般的にまずボーカル、ギターが載っていてリズム隊が後半で……。
尾崎:しかも分量がちょっと少なかったりして。インタビューをしていただいた木村俊介さんは、章ごとに同じ話題を繰り返すんです。そして、そのことで高揚感が出てくるという、独特で音楽的な構成にしてくださいました。文章でもそんなことができるんだとおどろきましたね。
――尾崎さんが声をかけた3人が正式メンバーになり、現在のラインナップになった2009年11月16日のライブを歌った「バンド」という曲の詞が冒頭に載っている。この曲を軸にして各人が順に尾崎世界観とバンドを語り、最後に本人が登場する。1点に集約される構成が劇的で音楽映画のようでした。最近ならクイーンの『ボヘミアン・ラプソディ』とか。
尾崎:そうですね。話の途中でメンバーの1人が脱退して、最後に戻ってくるパターンが多い。ライブ前のリハーサルをしているとドアが開いて、他のメンバーたちが「遅かったな」とかいって正面から舞台へ上がり楽器をかまえるというような。
――クリープハイプはこの4人になってから交代はないですけど。『バンド』がそのようにドラマチックな一方、逆に尾崎さんが2016年に発表した初小説『祐介』(文藝春秋)は、「尾崎祐介」が「尾崎世界観」になるまで――がキャッチフレーズでしたけど、実際に読むとその種の一般的なバンドもののドラマと全然違っているのが逆に面白かった。
尾崎:「半自伝」という表現はすこし納得がいっていないんですけど。そこは自分の実力不足ですね。
――『祐介』以前に、アマチュアでバンド活動していた作家がバンドマンを主人公にして書いた小説をいくつか読んでいました。それらはスタジオやライブハウスの場面は作者の経験だからリアリティがあるけど、青春小説のフォーマットで盛り上げていく。
尾崎:その種の小説に書かれる音楽はロマンチックすぎる印象があります。全然そんなことないというか、物語をいいと思っても音楽シーンになると音楽を良く書き過ぎている感じがする。自分にも、もちろん音楽への信頼感はありますけど、怨みのようなものだってある。上手くいかないという嫌悪感とか。『祐介』は別の表現を使って、それに切りかかっていく気持ちでした。
――『祐介』の文春文庫版『祐介・字慰』の解説で村田沙耶香さんが長編というより短編連作に近いと書いていましたが、いろんなエピソードが連なっていく面白さというか、ありそうな起承転結には収まっていません。『小説トリッパー』最新号掲載の尾崎さんの短編「サクラ」も、交通事故が起きる発端からそんな方向へ進むのかという展開で、主要人物ではないですが、病院の受付でなにやらべらべら喋っている女性の登場など印象に残ります。
尾崎:その場面は想像ですけど、実際、事故に遭ったことがあるんです。バイト先の人たちとご飯を食べた後に車で移動中に車線変更しようとした時にボーンと爆発音みたいなのがして、死んだと思って前を見たらタンクローリーが止まっていて、後ろを見たらガラスが全部なくなっていた。それで、相手の運転手から「すいません、大丈夫ですか」といわれて、「大丈夫じゃねーよ」となって。そこから救急車で病院へ行ったのは事実で、あとは想像で書きました。
ステイホーム中に感じた「甘え」
――自粛要請や緊急事態宣言もあって新型コロナウイルスの影響が広がるなか、クリープハイプは10周年記念ツアーを中止せざるをえなくなりました。
尾崎:ライブをやれないことに関して、自分のなかの決着はついた感じがあるんですけど、今まで甘えていたというか、前からやっていた人たちが作ったフォーマットで活動をしてきたんだなという思いがあります。フェスもそうだし、CDをどうリリースするか、そこにあわせてツアーを組む、そういったことが崩れていく。そうなった時にしっかり立っていられる体力があるのか。ちゃんとやらなければいけないとも思っているんですけど、生活のしかたも変わってきた今は、いらないものに気づく時間だと思います。バンドのグッズなど最たるもので、本来はライブ会場で買ってくれるものを通販でも売っていますけど、それだとみえかたが違う。
ある種の魔法が解けた時に、これは必要ないなというのと同時に、クリープハイプのライブに行かなくていいし、聴かなくていいと思う人もいるだろうし、逆に今こそ必要だと聴いてくれる人もいると思います。変化が如実に出てきた時にどういうことができるのか、今から準備をしておきたいと思います。
――クリープハイプとしては主題歌「モノマネ」だけでなく劇伴も担当したアニメ映画『どうにかなる日々』も公開延期になってしまいました。
尾崎:仕方のないことですよね。
――ライブができなくなってから多くのアーティストがリモート配信など様々な試みを行っていますが、クリープハイプの場合、メンバーそれぞれが『バンド』の一部を朗読した音源がアップされました。そこで尾崎さんは、2011年の東日本大震災当時を振り返った部分を読んでいて、ギターを抱えて歩くのが恥ずかしかったという話が出てきます。ライブハウスがバッシングされる最近の状況と重なって引きこまれました。
尾崎:イメージの問題なんです。世の中の人の感情はほぼイメージでできていて、こっちもイメージで売っている。だからこそ、なにかあった時にイメージ先行で、しかもネガティブにとらえられる。かといって、イメージでとらえるのをやめてともいえないし、イメージがないと曲も伝わらない。だから、すごく難しい問題になってきます。
音楽も文筆も「僕には両方が必要」
――今年になってから尾崎さんは日記の文庫化(『苦汁100% 濃縮還元』文春文庫)があって、同書にはコロナ禍になった2月の日記も収録されていました。そして、今回の対談集が刊行され、クリープハイプとしては6月5日に新曲「およそさん」(アニメ『あはれ!名作くん』主題歌)がリリースされました。円周率の3.14でおよそ3。
尾崎:そうです。
――これダブルミーニングですよね。外出自粛で推奨された「おうち」の反対の「およそ」。
尾崎:そっちは、考えていませんでした。
――え、違うんですか。詞に遠くまで行く旅のイメージも出てくるから「およそ」への憧れも歌っているんだと思いこんでいました。
尾崎:ああ、なるほど。これからはそういうことにします(笑)。
――小説と歌詞では、書くのにかなり違いがありますか。歌詞の場合はまず曲があって……。
尾崎:メロディという型に流しこむので、リズムなどに制限してもらえて楽なんです。基本的に自分でメロディを作っているから、そこに逆らわず邪魔しない言葉を書こうとします。言葉にこだわっていると思われがちですけど、メロディのほうが立場は強いから、言葉で余計に悩まなくてすむ。小説だと制限がないのが大変です。きりがないというか。
ここ何年かは、明日レコーディングで、もう深夜2時なのに歌詞がないというところからなんとかスイッチが入ってぎりぎりにできる。そうなっているのが嫌なんです。ぎりぎりのテンションの上がりかたで、どうにか自分を認めようとしているのでは、と自分を疑っている。レコーディングスタジオで演奏を録りながら、その合間に書いて歌入れの直前に間にあう、それこそ音楽映画の最後にいろいろあったけどみんなでステージに上がるというような、あの高揚感だけで作ると一本調子になりそうで。だから、もっと早く仕上げたいんですけど、どうもダメなんです。
――ふだんからメモはとっているんですか。
尾崎:iPhoneでメモをしているんですけど、最近、不満があって。アップデートをしたらメモ画面の機能で「空白」を押した時のマスの空きかたが広くなったんです。前の感じで歌詞を書いているとなんか違う。改行したらこれだけカーソルが動く、空白の1マスでこれだけ動くのを前提にして視覚的に言葉を組み立てていたから、調子が狂う。歌詞は手書きも試したんですけど、それだと文字の揺れかたでフラットに感情が乗らないんです。
――小説のメモと歌詞のメモは違いますか。
尾崎:小説のメモは思っていることを人に話すようにばっと書いて、必要なところを削り取っていく。歌詞の場合は削った小説のようなものをメモして、そこからさらに削る。本当に歌詞は削る作業ばかりです。例えば今作っている一番新しい曲だと、「そんな夜を探して歩いてる」という出だしで、「そんな夜」からいきなり始めてどんな夜かは書かない。削ってあえて隠して、そこからどう膨らませていくか。できるだけ広いものにしたいという欲もあるから、1曲でなるべく小説1作くらいの情報量になるよう努力したいと思っています。
――以前、尾崎さんはライブで声が出なくなった時に『祐介』を書き、次いで『世界観』をレコーディングできたという循環がありました。文章とバンドでいいバランスがとれていたんだと思います。コロナ禍になってからはどうですか。
尾崎:ライブができないなかで曲も作らなくなって、それは正常な反応だと思ったんです。みんなが困ってどうしていいかわからない時に、自分だけどんどん曲ができても空気が読めてないというか、世の中の動きとリンクしていない。自分の創作が止まって、自分も、世の中を見て生活していたんだなと確かめることができました。かといってなにもできないし、どうしようかと悩んでいる時にたまたま執筆の依頼をいただいたので、3月から5月いっぱいはずっと書いていました。
2011年の震災の時は、自分が何者でもないことに滅入っていたけど、今回は曲がりなりにも何者かではあるということの大変さを感じています。どちらでも苦しみがあった。ライブができないことや、お客さんが離れてしまうかもしれない焦りがありつつ、それ以前に伝えたい、でもどうしていいかわからないという気持ちもあった。そういう時に書くことで、自分がためていた貯金が返ってきたというか、いろいろ動きが止まった時でも書く仕事だけは生きていたし、こういう時に自分に依頼がくるということは、多少なりとも、これまでの積み重ねは間違っていなかったのかなと思えました。積み立てが返ってきた印象です。2016年のきつかった時期に文章を書き始めて回復できたのと同じように、今度も書きながら、音楽のほうも曲が徐々にできるようになった。また書く仕事に助けられました。僕にはやっぱり両方が必要なんだと思います。
■書籍情報
『身のある話と、歯に詰まるワタシ』
著者:尾崎世界観
出版社:朝日新聞出版
価格:本体1,400円+税
https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=21999
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