直木賞作家・川越宗一が“三角関係”を描く理由とは? デビュー作から読み解く、その作家性

 和人とアイヌ。ロシアと他国や他民族。そうした単純な対立構造では、世界の真の姿は捉えきれない。国や場所が違えば事情も変わる。同じ民族でも、考え方が違う。ふたりの主人公を中心にした、多彩な人物の織り成すエピソードにより、世界そのものが重層的に表現されているのである。

 ここまでくれば、『天地に燦たり』で、なぜ国の違う3人の男が必要だったか分かる。対立構造による世界の単純化を避けるために、この人数が必要だったのだ。そしてそれこそが21世紀を生きる作者の世界認識であり、本書を見る限りでは、今後も物語のベースとなると思われる。まさにデビュー作には、その作家のすべてがあるのだ。

 話を『熱源』に戻す。どこか似たところのあるヤヨマネフクとピウスキツは、しかし別々の方法で世界に立ち向かう。それが何かは、読者自身の目で確認してもらいたい。ただ、これだけはいっていいだろう。ふたりの根源にあるものは一緒だ。巨大な力により国家を失おうが、新たな文明の力により民族のアイディンティティを失おうが、それでも残るものがある。人間の抱える意志だ。生きようとする意志、伝えようとする意志。この意志(=熱源)があるかぎり、何者も滅びることはない。そのことを作者は渾身の筆致で描いたのだ。熱い作品である。

■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。

■書籍情報
『天地に燦たり』(文春文庫)
著者:川越宗一
出版社:文藝春秋
価格:本体720円+税
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167915070

『熱源』
著者:川越宗一
出版社:文藝春秋
価格:本体1,850円+税
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163910413

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