魅惑の毒娘は『鬼滅の刃』胡蝶しのぶだけじゃない 三原ミツカズ『毒姫の棺』が描く愛

 物語のラスト、ミトラガイナの女王の策略にはまったイスキアという国にグランドルは侵略される。街のあちこちで殺戮が始まり、3人の王子のうちふたりは死ぬが、生死の狭間(はざま)をさまよう彼らの心に浮かんだのは、いずれも「彼岸花」の名を持つ弱小国から贈られてきた赤い髪の少女だった。人を愛することのできない毒姫が、愛を知らない王子たちの心を変えていく……。

 周知のように毒というものは使い方次第では薬にもなるわけだが、果たしてリコリスの存在は、3人の王子にとってどちらだったのだろうか。少なくとも死んだふたりにとっては薬だった、と思いたい。そもそも三原ミツカズという漫画家は、作品を描く際、「毒」のほかにも「人形」や「エンバーミング(遺体衛生保全)」など、「死」を思わせるテーマやモチーフを選ぶことが多いのだが、いうまでもなく、彼女が伝えようとしているのはその対極にある「生」である。タナトス(死)ではなく、エロス(愛)だ。

 さて、先ごろ、『毒姫』の外伝的な短編を集めた『毒姫の棺』(朝日新聞出版)の上巻が刊行された。収録されているのは、オリジナル・ストーリーに登場したさまざまなキャラクターたちの過去や“その後”の物語である(特に「生き残った王子のその後」が丁寧に描かれている)。そもそもこうした外伝が成立するのも、三原が描くキャラが脇役にいたるまですべて立っているからだと思うが、この巻で個人的にもっとも印象に残ったのは、ミトラガイナの女王の心の闇を描いた一編(『ダチュラ メテル ミトラガイナ』)だった。

 これは極論かもしれないが、そこで描かれているような彼女の“美”や“権力”に対する歪んだ感情が、周辺国をも巻き込んだのちの悲劇を生み出したといっても過言ではないだろう。そう――月並みな言い方で恐縮だが、本当に恐ろしいのは、体液のすべてが猛毒になった少女たちなどではなく、心が毒に冒された人間なのである。

※『毒姫の棺』下巻は、2020年内に刊行予定とのこと(筆者)

■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。@kazzshi69

■書籍情報
『毒姫の棺(上)』
三原ミツカズ 著
価格:979円(税込)
出版社:朝日新聞出版
公式サイト

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