『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』著者・大前粟生が語る、男性にとってのフェミニズム

差別の話だからこそ「やさしさ」をキーワードに

――「ぬいぐるみ」という言葉が入ったタイトルもとてもいいですね。このタイトルはどのように決まったんでしょうか。

大前:差別や差別について思ったことをテーマにするにあたって、「やさしさ」というものがひとつのキーワードになると考えました。人を傷つけたくないと思っている人たちを出す必要があるなあ、と。人を傷つけないための場所と空間みたいなものを書こうとしたときに、社会と社会に出る前のモラトリアムにある大学という場所を舞台にしました。普段自分が小説のタイトルを決めるとき、だいたい作中に出てくる言葉や登場人物の言っているセリフのなかからそのまま持ってくることが多いんですけど、ぬいぐるみサークルの副部長の鱈山さんが、人を怖がらせないための言葉として「ぬいぐるみとしゃべるひとはやさしい」と言ってくれる。「ここは安全な場所なんだよ」と、新しく入ってくる人に示してあげたかったんですね。それがすごくしっくりしたので、タイトルにしました。

――差別をテーマにする作品だからやさしい人を出したかった理由について、もう少しお話いただけるでしょうか。

大前:差別が普通に存在している世界や社会の中で生きているだけで、登場人物たちはすごく傷ついている。作者である自分もそうなんですけど、差別が存在する世界は間違っているとは思っても、間違っているということに対して、なんらかのアクションを起こしたり、間違っている世界とか社会を壊したりしていくことも、まだ怖い段階。作中でも書きましたけど、うまく怒ることができない……みたいな。そんな風に、うまく怒ることができなくて、いろんなことを怖いと思ってしまうような自分たちだから、自分たちが生き延びるための手段として、やさしさが発揮されているぬいぐるみサークルという場所ややさしさそのものが必要なのかな。

――大前さんにとって、やさしさとは?

大前:やさしさというものを考えた時に、人を傷つけようとしないことっていうのが、いちばん最初にありますね。会話をしたり行動したり何らかのコミュニケーションをとったりする時に、もしかしたら自分の行動は誰かを傷つけるのかもしれないなっていう、何かをする前に一歩踏みとどまることがやさしさなのかな、と思います。

――本作のように、ジェンダーをテーマにした作品をふたたび書かれるのでしょうか。

大前:今、文芸誌『文藝』(河出書房新社)から、『バスタオルの映像』(『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』収録)で書いた笑いと差別の話を中編くらいまで膨らませたものを書いてください、と言われています。僕自身、お笑いはすごく好きなのですが、劇場に見に行ったりすると、わりと露悪的な、ちょっとコンプライアンスから外れるようなネタによって、演者とお客さんのあいだに親密さが生まれてしまう場面に、すごくよく遭う。そこが苦手なんですけど、面白いものは面白かったりして、気持ちとしてはつねに複雑な感じです。

現実の価値観を小説に持ち込む是非

――最近は日本でもお笑いの倫理観が問われることが増えましたね。大前さんは小説と倫理のバランスはどう考えていますか?

大前:小説なので何を書いてもいいと思うんですけど、倫理的にどうなのかな、というのを書くときに、それを書くための必然性というか、まっとうな理由は必要だなと考えています。登場人物の描写をするときにいちいちルッキズムやモテ、愛されることがすべての価値になってしまう恋愛を描きながら、そこに批判的な目線がないような小説を目にすると、すごく苦手だと感じますね。

――登場人物、とくに女性のルックスについての描写がほとんどないですが、あえてですか?

大前:登場人物の外見は、ほぼほぼ書かないようにしています。外見とかはなんでもいいし、小説というのは文字なので、書かれたこと以外はそこに現れないし、見えていない状態。そこにわざわざ現実の社会で生産されている価値観を持ち込んだりする理由が、僕はよくわからなくて……それで書いてないですね。

――この小説を書いた前と後で何か変化はありましたか?

大前:語り手が感じたり言ったりしていることを、僕自身もある程度もっているので、そういうことを小説にしたことで、ストレスを感じていた対象と距離をとることができました。ある程度、前よりはなんとなしの気丈さ、タフさを得つつあるのかなと思いますね。あと、この話を書き始めてから、街中でぬいぐるみを見かけるとかわいいな、と思うようになり、ぬいぐるみを買うようになりました。今は福岡のジュンク堂さんがフェアをしてくれているので、私物のぬいぐるみをけっこう預けています。福岡で元気にしているのかな。

――その子たちに名前は……?

大前:名前は付けていなくて……名前を昔からあんまりいろんなものにつけることができないというか、お互いに会話ができるわけでもないのに、こっちから一方的に名前をつけるというのはどうなんだろうと思っちゃって、あんまり名前を付けたりはしませんね。……しゃべりかけたりは、たまにしています。

■大前粟生(おおまえ・あお)
1992年兵庫県生まれ。京都市在住。2016年、「彼女をバスタブにいれて燃やす」が「GRANSTA JAPAN with 早稲田文学」公募プロジェクト最優秀作に選出され小説家デビュー。「ユキの異常な体質 または僕はどれほどお金がほしいか」で第二回ブックショートアワード受賞。「文鳥」でat home AWARD 大賞受賞。著書に『のけものどもの』(惑星と口笛ブックス)、『回転草』『私と鰐と妹の部屋』(ともに書肆侃侃房)

■書籍情報
『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』
著者:大前粟生
出版社:河出書房新社
好評発売中
定価:1600円+税

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