もしも“木”に生まれ変わったら? 日常と非日常の境目を揺らす、今村夏子の小説

芥川賞受賞作『むらさきのスカートの女』(朝日新聞出版)

 あれ、ここはどこだろう。今村夏子の著書を読んでいると、いつの間にか自分が知らない場所に放り出されたような感覚に陥る。

 今村は『こちらあみ子』で第24回三島由紀夫賞を受賞。『あひる』『星の子』は芥川賞の候補に挙がり、『むらさきのスカートの女』で第161回芥川賞を受賞した。

 新刊『木になった亜沙』には表題作を含んだ三編が収録されており、いずれも今までとはひと味違った今村ワールドを堪能できる。デビュー以来精力的に書き続け、思いも寄らない世界を私たちに見せてくれる今村だが、はみ出してしまう人たちに寄り添う姿勢は一貫して変わらない。

 幼い頃からずっと、自分が手渡したものを食べてもらえなかった亜沙。同級生、亡くなる直前の母、引き取られた先の叔父、ひいては学校で飼っている金魚ですら、亜沙の出したものを口にしてくれない。強制的に更生施設に送り込まれるが、そこでも誰にも食べてもらえない。施設での生活が残り僅かとなったある日、亜沙は仲間とスノーボードに出かけ、ボードのコントロールができずに木にぶつかってしまう。目を覚ましたときにはもう暗くなっていて、足元にはタヌキが近付いてきていた。亜沙はタヌキに自分が持っていたチョコレートを差し出すが、それすら食べてもらえず〈こんど生まれ変わったら木になりたい〉と願い、人生を終える。そして次に目が覚めた時、亜沙は木になっていた。杉の木に生まれ変わった亜沙は伐採され、割り箸になり、ある若者のもとで過ごすことになる。

 2編目の「的になった七未」はどんなものにも当たらない七未(なみ)が主人公。幼い頃、ナナちゃんと呼ばれていた七未。どんぐり、水風船、ドッジボール、空き缶。どんなものを投げられても当たらない。逃げ続ける中で、七未の耳に声援が入ってくる。「がんばれ、がんばれ」「ナナちゃん、がんばれ」「がんばれ、がんばれ」「ナナちゃん、はやく」みんなの言う「がんばれ」の意味を理解した七未は、今度は自ら当たりに行くようになる。

 3編目の「ある夜の思い出」は、学校を卒業して以来ずっと無職の「わたし」が主人公。「わたし」は二足歩行すら億劫になって腹這いで過ごすようになる。ある日、いつものようにだらだらしているのを父親に咎められ、家を飛び出す。街を彷徨っていたら、長髪で顔の半分が髭の、自分と同じ腹這いの男に出会った。彼に連れられて「お母さん」がいる家を訪れる。彼は、お母さんの息子の「のぼる君」にお嫁さんを見つけてこい、と以前から言われていた。「わたし」はその日、初めて会った男性にプロポーズをされる。

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