陽キャ美少女×陰キャ少年の恋が生まれた瞬間はいつ? 『僕の心のヤバイやつ』のムズムズした関係
いつ好きになったのだろう。図書室でおにぎりを頬張っていた瞬間? 頑張って作った研究発表を取り替えられて涙をこらえていた瞬間? 市川自身が、山田なんて自分に釣り合うはずがないと強く思って恋愛感情から自分を遠ざけていたこともあって、その瞬間がなかなか思い浮かばない。けれども、次元すら隔てていたような市川と山田との距離は確実に縮まり、殺したいという思いは真逆の好きだという気持ちに変わっていった。
クラスでも最底辺に位置していそうな、自意識過剰気味で中二病気質のある陰キャの男子と、学校でもトップクラスの人気者で、モデルもしている陽キャの美少女という、ギャップがあり過ぎる2人の噛み合わない関係を、笑って楽しむこともできる。けれども、そんな関係の中にじわじわと恋心が広がっていく様子から、ギャップを乗りこえる気力をもらえる。『僕の心のヤバイやつ』はそんな異色の恋愛ストーリーだ。
市川については分かった。だったら山田は、市川にいつ興味を覚えたのか。これが掴めない。『僕の心のヤバイやつ』には市川によるモノローグ的な語りはあっても、山田が何を思っているかはまるで語られていないからだ。
ただ、山田が市川に感心を抱いていることは感じられる。雨が降り始めた下校時間、傘を持っているにもかかわらず、玄関口に立っていて市川がレインコート姿だったのを見て残念そうな雰囲気を見せる。少女漫画の単行本を貸すために、校門に立って市川が登校してくるのを待っている。
極めつけが、女子から誰か彼氏がいるのかと聞かれて、横に頬を赤らめながら否定し、横に立っている市川に向かって「いないから」と断言してしまう場面。そこで女子は「…………マ?」と言って、山田の心情を察する。ただ、それほどまでの状況に、いったい山田がいつ陥ったのかが、乙女心に疎い男子には掴めない。もちろん市川にも。
カッターナイフを貸してくれた時か。いっしょに猫の鳴きマネをしてくれた時か。先輩にナンパされそうになっていたのを邪魔しようと自転車を投げてくれた時か。これが分かれば高嶺の花の女子であっても、自分に気を向けられるチャンスを作れるかも知れないと、男子だったら思いそうなのだが……。誰か教えてと真山なり、同世代の女子に問いたくなる。
共に好き合っているのなら、くっつくしかないと言いたくなるけれど、そこは察しが悪くて自己評価がとてつもなく低い市川だけあって、周囲からはそれと分かる山田の行為すら、からかっているのではないかと思ってしまう。4月7日に発表されたエピソード「Karte.42 僕は利用された」では、市川は山田が自分をナンパ避けにしているだけだと思い込む。
そして何が起こるのか。言い出せない心をさらけ出して真意を確認し合って一気に距離を縮めるのか。相変わらずムズムズとした関係が続いていくのか。見極めたい、いつか来るだろうその結末を。
■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。
■書籍情報
『僕の心のヤバイやつ』(少年チャンピオンコミックス/マンガクロス)1〜2巻
著者:桜井のりお
出版社:秋田書店
https://www.akitashoten.co.jp/comics/4253226159