星野源、文筆家としての表現は「私」に近いーー『蘇える変態』ほか、代表的エッセイを読み解く

 「仕事=不特定多数にむけた表現」と「私=個人的に抱えている思い」の微妙な距離感で彼の活動は成り立っている。ドームでの象徴的な場面に引きつけていえば、前者が光、後者が闇だ。星野は当初、声に自信がなかったために2000年代はじめ、インスト・バンドのSAKEROCKから本格的な音楽活動に入り、歌手活動は遅れてスタートしている。シンガーとしてのファーストソロ『ばかのうた』(2010年)について彼は、「歌が下手でも、大事なのは「歌う」ことだと。/声に自信がなくても、歌心があればいいんだなと思えるようになりました」と『働く男』で書いていた。「歌う」場を作ることで歌の表現を覚えていったわけだ。仕事にすることで文章を書く楽しみを知った彼は、発想のありかたが一貫しているようにみえる。

 『蘇える変態』の「ミュージックステーション」の章で、「普通に見えるけど実は攻めている」ものが好きで、タモリのように「ポピュラーの象徴なのに濃密にオルタナティブであり続ける存在」に憧れると記していた星野源。2016年のTBS系ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』出演と主題歌「恋」のヒットによるブレイクを経て、星野本人が普通だが攻めている、ポピュラーだがオルタナティブというポジションの代表になった。彼の一連のエッセイを読んだうえで考えると、「普通」「ポピュラー」とは不特定多数むけのことであり、「攻めている」「オルタナティブ」とは「私」性、あるいは『蘇える変態』がいうところの「変態」である。

 音楽家としての最新作『Same Thing』のリードトラックは、イギリスのロンドンを拠点とするスーパーオーガニズムをフィーチャーした英語詞の曲だ。世界進出という言葉を連想してしまうが、このEPのラストには「私」と題されたアコギ弾き語りの曲も収められている。『Same Thing』に関し前掲インタビューで星野は「決して世界進出ではなくて、世界が来たっていうことなんです(笑)」「だから、近所になったってことなんですよね」と話していた。「私=個人的に抱えている思い」を中心にした同心円を「仕事=不特定多数にむけた表現」を通じてどんどん広げていく。その同心円こそ、彼が「近所」と呼ぶものだろう。

 いくつも重なった星野の同心円のなかでも、特に「私」に近い側にあるのが、文筆業である。彼のエッセイには、心の内に抱えた暗がりと周囲を照らす表現の源が書きとめられており、滑稽だが前むきで、とても人間くさい。

■円堂都司昭
文芸・音楽評論家。著書に『エンタメ小説進化論』(講談社)、『ディズニーの隣の風景』(原書房)、『ソーシャル化する音楽』(青土社)など。

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