ハライチ岩井が綴る日常には“狂気”が凝縮されているーー『僕の人生には事件が起きない』を読んで

 文章のうまさもさることながら、彼は自分のことを実に客観的に見ることができている。自分にはテレビが求めているような波乱万丈なエピソードはないと言い切ったり、忘れっぽいということを自覚しながら「毎回確認すること」の方が嫌なので〈なくしても極力、痛手を負わないように安めのものを買〉ったり、自分と澤部だったら相方の方がテレビの仕事が増えるのは必然だろうと分析していたり、岩井の観察力の高さに舌を巻く。それが突出しているのが「澤部と僕と」という章で、幼稚園の頃からの幼馴染であり相方でもある岩井から見た澤部が初めて言語化されている。特別な思い入れとか深い愛情とか、余分な感情が一切乗っかっていないところがとてもいい。この空虚さこそが澤部だと思った。

 以前『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』書評(https://realsound.jp/book/2020/02/post-512082.html)でも書いたが、普通に生活していたら劇的なことはそう起きてくれない。〈事件が起きない〉日常を如何に楽しめるか。岩井の日常の切り取り方は少し変態じみていて、それがだんだんとクセになってくる。

 前述した書店イベントの最後に岩井から「ありがとうございます」と言われて直接サイン本を受け取った。鋭い眼光の奥で彼が本当は何を考えていたのか、あのときも今もわからないでいる。「買ってくれてありがとう」という気持ちだったのか、それとも……? 岩井の頭の中が知りたくて、またエッセイが出たら手に取るんだろう。彼がファンに手の内をすべて見せてくれるはずはないと、わかっていても。

■ふじこ
10年近く営業事務として働いた会社をつい最近退職。仕事を探しながらライター業を細々と始める。小説、ノンフィクション、サブカル本を中心に月に十数冊の本を読む。お笑いと映画も好き。Twitter:245pro

■書籍情報
『僕の人生には事件が起きない』
著者:岩井勇気
出版社:新潮社
価格:1,320円(税込)
<発売中>
https://www.shinchosha.co.jp/book/352881/

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