ハライチ岩井が綴る日常には“狂気”が凝縮されているーー『僕の人生には事件が起きない』を読んで
芸人の本が売れなくなって久しい。厳密に言うとすべてがすべて売れないというわけではないが、売れるものとそうでないものにすっぱりと分かれる。「出せば売れる」という日照りの時代が終わり、話題性ともうひとつ何か光るものがないと売れないという日陰の時代に突入した。今回取り上げるのはそんな日陰の時代に10刷という偉業をたたき出し、今なお売れ続けているハライチ岩井勇気の『僕の人生には事件が起きない』である。
僕という人間は“ぽい”だけで、ネタやツイッター以外の文章など全く書いたことがない。それどころか、小説やコラム、エッセイの類もまるで読んだことがないのだ。
本をめくって「はじめに」に書いてある文言だが、読み終えた今、この言葉に対して懐疑的でいる。普段本を読まない人にしては文章がうますぎるのだ。リリから魔法のヴァイオリンをもらったとしか思えないうまさである。
先に宣言しておくと私は岩井のファンだ。発売時に八重洲ブックセンターで行われたサンシャイン池崎がゲストのトーク&サイン会にも行ったし、そのあと神楽坂la kaguで行われたトーク&チェキ会にも行った(このときに撮ったチェキは私が岩井の横でだらしなく弛緩した表情をしていて未だに直視できていない)。特にゴッドタンにおける「腐り芸人」の岩井が大好きすぎてマジ歌ライブにも足を運んだ(2018年のマジ歌ライブにて岩井単体ではなく、ハライチというコンビのファンになった。AMEMIYAは最高のバーターだった)。
「空虚な誕生日パーティ会場に“魚雷”を落とす」という章がある。冒頭で岩井が本や文章を普段まるで読まないのを疑っていると発言したが、この章を読んで疑い65%くらいだったのが疑い99%くらいになった。筋としては岩井が大して仲良くもない女の子から誕生日パーティに招待され、自分が描いた魚の絵をプレゼントするという話なのだが、とにかく彼の狂気がたった数ページの中にぎゅっと凝縮されている。大して仲良くない女の子の誕生日パーティなんていくらでも断れるのに受けて立ってしまうところとか、プレゼントにわざわざ自作の〈何とも思ってない〉油絵を用意したりとか、場が凍りつくことを想定してそんなものを持って行ったりとか(手作りのものは捨てづらいというところまで想定して何の思い入れもない絵を敢えて用意している。たぶん。)とにかく彼の狂った所業に読み手はどんどんのめりこんでいく。特にラストシーンのカッコ良さは、さながら梶井基次郎の再来のようだった。“魚雷”が爆発した会場の様子を想像するとニヤニヤが止まらない。プライベートでのエピソードをここまで痺れる文章に落とし込めるのか。普段文章読まないのに。ずるい。こんなの「強くてニューゲーム」じゃないか。