『チェンソーマン』に漂う“80年代漫画”の匂い レゼとデンジの恋の行方は?

 もう一つ、この巻で重要なのは「田舎のネズミと都会のネズミ」について各登場人物が語るくだりだ。

 田舎に住んでいて安全だが畑でとれる麦やとうもろこしを食べて退屈な暮らしをしているネズミと、都会に住んでいて命の危険は多いがご馳走を食べることができるネズミの対比で語られる本作はイソップ寓話の有名な話で「幸せは人それぞれ」ということが描いたお話だと言われている。

 第2巻でも、早川アキが銃の悪魔によって家族を殺される回想シーンで病弱なアキの弟が「田舎のネズミと都会のネズミ」の絵本を両親から読んでもらう場面が登場するのだが、公安の管理化に置かれたデンジや、ソ連に作られたモルモット(戦士)だったレゼの悲しみを、この寓話に託しているのだろう。

 同時に感じるのは、貧困や格差社会に対する深い眼差しだ。デンジは元々、親が残した借金を返すために臓器を売り、ヤクザに搾取される日々を送っていた。公安所属のデビルハンターになったことで、はじめて人並みの生活を送れるようになるのだが、彼が求めているのは、ささやかな幸せだ。だからデビルハンターの仕事がどれだけ危険でも、昔に比べたら夢のような生活だと思っている。

 むしろポチタがいれば当時の暮らしでもよかったのにとデンジは悔いており「もっといい夢をみたい」「もっといい生活をしたい」と思ってしまったこと自体に後ろめたさを抱えている。こういった罪悪感は「強くなること」を筆頭とする「成り上がる欲望」を肯定するジャンプ漫画では珍しい。

 最期にレゼは「私も学校いったことなかったの」と心の中でつぶやく。血まみれの戦いを繰り広げたデンジとレゼだが、もしかしたら二人は似たもの同士だったのかもしれない。もっと違う出会い方をしていれば……と思う、切ない別れである。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■書籍情報
『チェンソーマン』6巻
著者:藤本タツキ
出版社:集英社
価格:本体440円+税
https://books.shueisha.co.jp/items/contents.html?isbn=978-4-08-882224-2

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