『本好きの下剋上』マインは個人で世界そのものに立ち向かうーー異世界ファンタジーとしての魅力を考察

 ただし本書は、異世界転生物によくある、単純な俺TUEEEになっていない。理由はふたつある。ひとつは、がっちりと構築された異世界だ。神殿や貴族が大きな力を持ち、魔術のある世界の姿が、ローゼマインの身分が上がるたびに、くっきりと見えてくる。社会のシステムは強固であり、階級社会の現実や問題が見えてくる。本に関することを除けば、善良な人間であるローゼマインは、その現実や問題と対峙し、少しずつ状況を変えていくのだ。主人公に都合のいい無双のない、地に足の着いたストーリーが読みごたえあり。

 そしてもうひとつの理由は、主人公の目的がぶれないことだ。本に囲まれ、読み暮らしたいと願うローゼマイン。神殿や貴族院での目当ては図書館である。地位に応じた責任とは別に、とにかく本のために行動する。彼女の行動原理は、俺TUEEEからかけ離れているのだ。そのぶれない姿勢が、ローゼマインの魅力になり、ひいては本書の独自の味わいになっている。いささか個人的な話になるが、私も大の本好きであり、書庫兼用の自宅を建てたような人間である。だからローゼマインの言動には共感せずにはいられない。これは、本好きの本好きによる本好きのための異世界ファンタジーなのだ。

 なお、この原稿を書いている2020年2月現在、書籍版は第四部が完結したところまで刊行されている。3月20日から第五部の刊行が始まるそうだ。また、テレビアニメの第二部も、4月から始まる予定である。この物語の世界は、どこまで広がるのか。ローゼマインと作者の下剋上は、まだまだ終わらないのである。

■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。

関連記事