ナイキ厚底シューズは長距離競技をどう変革した? 『ナイキシューズ革命』著者が語る、その衝撃
最新型には「エア」が入った
ーー1月末に、世界陸連によるシューズに対するルールの変更が発表されました。「靴底の厚さは4センチ以下」「靴底のプレートは1枚まで」「4月30日以降の大会では4カ月以上前から市販されているものに限る」など、かなり細かいもので、厚底シューズに対する対応策といわれています。
酒井:ナイキが新しく発表した『アルファフライ ネクスト%』に関しては、この規則をクリアしてますね。アルファフライのソールの厚さは39.5mmとギリギリ。最初は45mmあるという話だったんです。カーボンも3枚入るという噂もあったのですが、これも規定の一枚しか入ってなかったです。
ーーすでに新基準に対応済みなんですね。
酒井:それに『アルファフライ ネクスト%』には、新しく「エア」が入りました。これは、ナイキが昔から採用している「エア」と同じモノらしいです。そんな昔のシステムを今になって投入してくるのかと驚きました。
ーーあの「エア・ジョーダン」の「エア」ですか。
酒井:あの「エア」です。ただ、今まではカカト部分に入ってるものでしたが、今回は足の前部分に入っています。厚底になってくると安定感がなくなってくるので、この「エア」でクッション性と安定性を調整しているのかもしれないです。
ただ、今回の規則で各メーカーがいちばん頭を悩ますのは、4カ月から市販するというルールでしょう。東京オリンピックに間に合わせるなら、もう時間がないですから。
ーー各メーカーは今、焦って仕上げている段階でしょうか。
酒井:もう間に合わないんじゃないですかね。選手側も同じで、マラソンは年に2回くらいしか走らないんですけれど、そうなると次はもう東京オリンピックなんです。つまり、選手も実際にレースで靴を試すということが出来ない。それもあって、東京オリンピックに関しては、旧型・新型モデルを含めてナイキのシェアが大きくなると思います。
ーー東京オリンピックでの記録更新も気になります。
酒井:暑いですから、新記録は難しいとは思います。キプチョゲ選手が非公式で出した2時間切りの記録は、ペースメーカーが入れ替わりで複数は走った状態で出たものなんです。オリンピックはペースメーカーがいないので、タイム的には平凡な感じになると思いますが、スパートしたときのスピード感は2時間切りしたとき以上のものになるかもしれないです
ーーシューズのイノベーションが続けば、キプチョゲ選手が公式レースで2時間を切る日も近いと考えていますか?
酒井:それは難しいと思います。公式レースにはペースメーカーが途中参加出来ないし、キプチョゲ選手は最速なので、彼を引っ張りつづけることができるペースメーカーも存在しません。キプチョゲ選手が3人くらいいれば、いけるかもしれませんが。
ーー日本記録の更新はいかがでしょうか。昨今は更新ラッシュが続いてます。
酒井:それはあると思います。今、日本の長距離界が記録ラッシュになっているのは、シューズのイノベーションもありますけれど、選手側が実際に記録を更新するのを目の当たりにすると、意識的な壁がなくなるというのが大きい。選手の考えが変わってくると、リミッターもなくなってくると思うので絶対に記録は伸びると思います。
ーー記録が1回破られると、更新が続いていく可能性が高いと。
酒井:特にマラソンという競技はそういうマインドの要素が大きいと思います。男子マラソンの日本記録は設楽悠太選手の2時間6分11秒だったんですけど、それを大迫傑選手が2時間5分50秒で更新した。今までは2時間6分を切るというのは大きな壁だったんですけれど、今後は6分台を切って当たり前という感覚になっていくと思います。
ーーシューズも選手も進化のスピードが早くなっている印象です。
酒井:陸上競技は記録を更新すれば絶対に盛り上がるので、それがシューズの規制によって止まってしまうのであれば、個人的には規制しないほうがいいと思います。記録が出て、話題になって、そこを入り口にランニング人口が増えたり、スポーツする人が増えていくというサイクルが生まれるのが理想ではないでしょうか。
■酒井政人(さかい まさと)
スポーツライター。1977年生まれ、愛知県出身。東京農業大学1年時に箱根駅伝10区出場。大学卒業後からスポーツライターに。主な著書に『箱根駅伝 襷をつなぐドラマ』、『箱根駅伝監督 人とチームを育てる、勝利のマネジメント術』、『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』、『箱根駅伝ノート』などがある。
■書籍情報
『ナイキシューズ革命 “厚底”が世界にかけた魔法』
酒井政人 著
価格:本体1,500円+税
出版社:ポプラ社
公式サイト